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霧島ヶ丘公園(鹿屋市)

Kirishimagaoka_020  鹿屋市横山町の丘陵にある霧島が丘は昔から展望地として有名だったが、ここ4、5年バラ園の充実を図り、ついに去年の4月に西日本随一の鹿屋バラ園としてグランドオープンした。

 歩き仲間と昨日の午後出かけてみたが、残念ながら時期はずれで、入園はせずにいつものウォーキングをすることにした。すると公園のシンボルタワーへの道で季節はずれのバラが咲いていた。

 品種改良がここまで進んでいるのかと、春咲きのバラしか知らない自分には驚きだ。しかも11日、12日と鹿屋では2日連続して霜が降りているのに、こうして見事に咲いている。だが、根元を見て納得した。固形肥料と、それを覆うかのように一センチほどもあるような厚さで油粕がまかれていた。

 展望タワーでひとしきり眺めたあと、今度はなだらかな丘陵の一番北の端まで歩く。

 途中、田の神ロードというバラ園の垣根沿いの道を通る。田の神は文字通り、田の豊穣Kirishimagaoka_046 を見守る像だが、南九州に至極多い加工のしやすい凝灰岩でつくられていて、表情は様々である。この写真の田の神は大きく口を開けて笑っているが、口を開けてまで笑っているのは珍しい。

 もう一つ面白いのは、田の神といいながら僧侶の姿をしている物が多いことだ。それも旅姿というのが多い。弘法大師や行基などの高僧が諸国を行脚しつつ、その地方の農業振興に関わる事業を行って民をにぎわした――という伝承を念頭に造られたのかもしれない。制作年代はおおむね江戸時代中期から後期にわたっている。

 この田の神ロードにはこんな像が30ほどもあり、愛好者にはたまらない場所だろう。

Kirishimagaoka_039  田の神ロードが終わり、芝生の広場を横切った所に瀟洒な武家門があり、その奥に「南州庵」が建っている。これは西郷隆盛こと南州翁が明治6年にいわゆる征韓論論争に敗れ、一切の栄職をなげうって帰郷して以来、湯治と趣味の狩猟のため時折り大隅半島にもやってきており、その際には現在の鹿屋市高須町の田中家を定宿としていたが、田中邸が解体された時にその骨組みを移築したものだという。

 Kirishimagaoka_033 土間には西郷さんの使ったという箪笥が展示されている。

 また驚くことに慶応年間の明治天皇(まだ即位はしていない)および薩摩、長州、土佐の藩士たちが一同に会した時の写真というのが壁に掛かっており、人物一人ひとりに姓名と「断(定)」「推(定)」との判断が記されていた。小さな額であるうえガラスがはめられているので写真に撮れなかったが、それによると西郷さんは右横を向いた姿勢で写っている。背格好は確かに西郷さんだが、顔は後世に流布しているのとはちと違うように見える。だが慶応年間といえばまだ30台の後半であり、翁顔の西郷さんと違うのが当たり前だ。これは精査の必要ありだ。市にかけあって物の真偽を確かめることにしたい。

 南州庵を出てさらに北に歩く。陸橋を渡り、広い駐車場を抜けたところに芝生の丘が広がる。ここからは鹿屋市街地が見渡せ、その向こうに高隈連山が一望できる。四時頃になり西風がますます強くなってきた。眺めもそこそこにバラ園前の駐車場へ戻った。 Kirishimagaoka_048_1 Kirishimagaoka_026_1  

 霧島が丘・鹿屋バラ園

    年中無休

   大人 600円

   子ども 半額

    

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