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桜の名所

 桜、桜、桜・・・。

 今年の大隅は、山間部から咲き始め、今、ようやく桜前線が里に下りてきた。

 04040007 近隣では随一と言われる、鹿屋市串良町の平和公園に行ってみた。ここは太平洋戦争中に、鹿屋の(今は海上自衛隊鹿屋航空隊基地になっているが)旧海軍鹿屋航空基地から分出(増設)された旧海軍串良航空基地の跡地である。戦争末期の約一年で565名の特攻戦士が本土南方沖縄方面のアメリカ艦隊に体当たりすべく飛び立ち、帰らぬ人となっている。

 慰霊塔周辺の桜はまだ2分咲きというところだったが、慰霊塔の立つ丘の斜面の「平和」という字にかたどられたつつじがもう目映いほどに見ごろだった。

 むしろ1キロ以上はあると思われる隣の運動公園との境を走る通り抜けの道路沿いの桜並木のほうが、先に6分咲きくらいになっていた。04040004

 しかし冷たい風が強いせいだろう、5,6店の花見客相手の露店の前に人はおらず、陽の明るい春休みだというのに子供連れの姿も無い。

 同じ串良町の下小原に或る人を訪ね、いとまごいをしたあと鹿屋市内に戻り、海上自衛隊鹿屋航空隊基地周辺の市内では有数の桜並木を通ってみると、こちらは8分咲き、ほぼ満開というところだった。04040018

 延々2キロ近く続くこのフェンス土手沿いの桜は戦後、旧海軍の後を受けて海上自衛隊が置かれたあとに植えられたものだが、それから50年ほども経っておりなかなかの大木たちである。

 交通繁多の幹線道路沿いという必ずしもよい条件の所ではないのだが、毎年道行く人々の目を楽しませてくれている。

 ついでと言っては何だが、ここも串良基地と同様に戦争末期に特攻基地となったところだ、その慰霊塔を訪れた。航空隊基地から西に車で2,3分の西原台地区の公園の一角にそれはある。市街地にあるので公園では多くの子どもたちが遊んでいた。

 ここも桜はほぼ満開、最高の見頃を迎えていた。ちらほらとブルーシートが敷かれていたから、昼時の花見の宴が開かれるのだろう。ただ、相変わらず風は冷たいが・・・。04040014_1

 慰霊塔の上ではとある宗教団体らしき人たちが集っていた。慰霊塔の丘の階段下にある説明板によれば、昭和19年の四月に最初の特攻機が飛び立ったということなので慰霊祭というところだろうか。

 ここから飛び立ち帰らぬ人となったのは908名という。これとさっきの串良基地からのとを合わせると、実にその数は1473人。これは全国的にも有名な旧陸軍知覧航空隊基地の千人余りをはるかにしのぐ数だ。宣伝が下手なのか、いやこういうことは宣伝などすべきでない、と思いは分かれるが、ともかく事実は事実なのである・・・・・合掌。

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