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肝属川流域散策(最終回)

Kimotukigawa6_001  肝属川流域散策の最後に向かう途中、以前、市役所から北田交差点までのアーケード通りからの高隈山の眺めは、信州八ヶ岳に似ていると書いたが、今日、その雄大な姿を捉えることができた。

 中央に屹立しているのは高隈山系の南の主峰「御岳(みたけ)=1182m」だ。八ヶ岳の主峰赤岳の2800mには比ぶべきもないが、標高差から見ると、アーケード街の海抜が22~3mだから1160m。

 一方の八ヶ岳は登山口の清里高原が海抜1300mなので、標高差1500mだ。その差はわずか300m余りでしかないのである。Kimotukigawa6_003

 さて、この前の最後の場所は祓川小学校だった。そこから150メートルで「祓川地峡」を通過すると、上祓川地区に入る。

 500メートルほど行って右へ折れると、大久保橋だ。下流を眺めるとここからも「祓川地峡」が手に取るように見える。向かいの田んぼは間もなく刈り取りが始まりそうだ。その奥に大久保集落がある。

Kimotukigawa6_004 再び国道504号線(高隈街道)に戻ると、西側の田は刈り取りを終えており、「架け干し」の稲がもうすっかり乾燥して薄茶色になっていた。

 向こうに見える山はさっき紹介した「御岳」。その左の尾根上のピークにはNHKをはじめ、テレビ各局のアンテナが立つ。鹿屋市全域をカバーする見晴らし抜群の岩山だ。

Kimotukigawa6_007

街道をすこし行った所で、稲刈り真っ最中の親子に出くわした。

 この農家の架け干し用の立て棒は変わっていて、ビニールハウス用のパイプを転用していた。農家の工夫は意外に大きいものがある。発明はそうざらにはないが、工夫は到るところにあるといってよい。Kimotukigawa6_010

上祓川郵便局を右手に見ると、道は左へカーブするが、約100㍍で左手に入る道がある。「瀬戸山神社」への参道だ。道はほぼ直線で神社に達する。およそ900㍍はある。

 鳥居が見えてからしばらく進むと右手にグラウンドがあり、その先に「五代寺の仁王像」のプレートが見える。

 Kimotukigawa6_033_2 五代寺はもと瀬戸山神社のすぐ下にあったというが、廃仏毀釈で伽藍が取り壊され、かろうじて残された仁王像をはじめ石仏や住職の墓石の一部がとりまとめられてここに移設されたそうだ。

 Kimotukigawa6_012  鳥居をくぐり、杉の並木を5~60㍍行くと階段になり、上がってみると意外に境内は広い。

 参拝をして「参拝者名簿」に記入しがてら、ページをめくってみると、遠い人は福岡から来ていた。

 瀬戸山神社の創建の由来は分かっていない。かっては「熊野六所大権現」といわれたそうで、修験道(山岳信仰)の拠点でもあった。目指すお山は当然高隈山で、宿坊もあったという。Kimotukigawa6_014 神社に向かって右手には祓川が流れている。水垢離をした川だったのだろう。祓川という地名の原点がここにある。

階段を上がりきった所に一対の石柱が立っていた。見ると鹿児島城下の下町に住む岩下治兵衛の奉納で、年代は「明和5年(1768)」とあり、240年前のものだった。

 階段の向こう側に見える木は椎の木で、根元には空洞もあるが直径は2㍍を超え、高さは24~5㍍だろうか、神木と言うにふさわしい貫禄がある。Kimotukigawa6_016

 参道入り口の国道まで戻り、さらに上流を目指すとほんの150㍍も行ったところに「寺街道(てらんけど)」のバス停があり、すぐそこの道の入り口に「やまでら鉱泉」の標識。導かれて左に入ると100㍍余りで鉱泉だ。

 右に入ると広い駐車場が見え、その奥に鉱泉があった。

 創業が昭和41年というこの鉱泉は、地元の木田虎男という人が作った。今は一線を退き、娘夫婦に任せている。婿は谷本氏で、岡山の出身だそうだ。

Kimotukigawa6_019 いろいろ話を聞いてみると、史跡には興味があり、よくそういう所へ出かけるという。近所にも珍しい墓があると教えてもらった。鉱泉の東側の隣家といってよい時村家の墓だ。修験にかかわって非業の死を遂げた先祖のものだった。

 やまでら鉱泉  泉質は単純泉で、傷によい

           営業時間 8時~21時  大人 360円

           定休日  火曜日
 

Kimotukigawa6_029 国道に戻り、高隈方面を目指す。

 1キロほどで上祓川の田園地帯を抜け、山間に入っていく。川は国道に付かず離れず流れるが、見る間に細い流れとなり吉ヶ別府地区(下高隈町)に入ると、もうただの小川のようになる。このあたりの海抜はまだ90mほどだが。

 吉ヶ別府のバス停を見て50㍍足らず、小さな道が交差するので、そこを左折する。

Kimotukigawa6_027 100㍍ほどで「吉ヶ別府観音堂」だ。村の鎮守様という感じだが、神様ではなく観音様、それも馬頭観音だという。Kimotukigawa6_028

物の本によると「旧暦1月18日には多数の参拝者があり、牛馬へのお守りをいただく。その守護仏は獅子王観世音菩薩」だそうだ。

本堂の前庭に立つ観音像は三面で、どの顔も実に柔和である。馬はごく少なくなったが黒毛和牛は盛んだから、まだ信仰は守られているのだろう。

 肝属川はこの観音堂から1キロ半で源流に達する。Kimotukigawa6_037_2

 帰りは国道を戻り、上祓川郵便局の手前からいったん川に降り、芝原橋を渡って 広大な笠野原台地の一角に上がることにした。

 上祓川地区を流れる肝属川はこれといって見所の無い小河川だが、芝原橋のあたりは珍しく自然な姿を見せていた。吉ヶ別府から「祓川地峡」まで約4キロを流れ潤している、やさしい母なる川の姿がそこにあった。

   マップ(赤い十字はやまでら鉱泉。矢印は吉ヶ別府観音堂)

Mapyamaderakousen

 

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コメント

こんばんは。

>アーケード通りからの高隈山の眺めは、信州八ヶ岳に似ている

そう言われるとそんな感じがします。

赤岳、20数年前の1月、登山したことがあります。
マイナス30℃まで計れる温度計のアルコールが一番下まで下がっていました。
帰りは、「尻スキー」であっという間に滑り降りた覚えがあります。

そのうちに高隈でもご一緒したいですね。
ただ、体力が持つかどうか...心配ですが。

投稿: reotaro | 2007年9月30日 (日) 20時10分

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