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高須川流域散策(その二)

 国道269号が高須川を渡る「岡留橋」から、左岸を上って行くこと500㍍で「野里地峡」に入り、道はほぼ直角に東向きに折れる。Takasugawa2_001

 一番狭いところでわずか30㍍くらいだろうか、といって川自体は峡谷かといえば全くそうではない。緩やかな、どこにでもありそうな川底の高い流れである。

 そこを抜けると広大な野里大津地区だ。

 この「大津(うつ)」という地名の由来は諸説があり、おおむね二つに絞られる。ひとつは近江の国の大津から有力者がやってきて住みついたからというもの。Takasugawa2_005 もうひとつは、昔この地は水はけが悪く(野里地峡のせいで?)、大雨が降ると一面が湖のようになる。その時に大津集落がまるで大きな津に臨んだように見えるからというもの。

 どちらも「大津」という漢字に囚われた解釈で、私見では「ウツ」という音の意味するところを汲む。これはかって肝属川流域の中心だった「打馬(うつま)」と同じ由来で、ウツ(宇都)とは「すべてがまとまってある状態」つまり「生存条件の完全な」ということである。大津(うつ)地区はまさに野里宇都の広い田んぼ地帯の中心に位置している。

 その広い(およそ70㌶はあろう)野里田んぼを上流に向かうと、珍しい物に行き会った。「稲こづみ」だ。稲藁のとんがり帽子だが、今はほとんど見かけない。藁が腐らないようにする積み方だが、近くで作業していた人に聞くと園芸用の敷き藁だそうだ。リサイクルの見本がここにある。

Takasugawa2_006 野里田んぼのど真ん中、「大津橋」のすぐそばに県指定の「野里の田の神」がある。約250年前に造られた田の神は、端正で福々しい。よく見ると例のピンク石のようだ。左には水神様が二基建っている。

 説明板がいい。花崗岩製の重々しい本のスタイル。洒落た事をする。ずいぶん金を掛けたなとも思うが、こういうのもあっていい。

Takasugawa2_010 大津橋から上流を見る。晴れていれば高隈山が遠望できる所だ。

 川はすぐそこから左、つまり北の方角に向きを変える。その向きは最上流の高隈連山中のピラミッド「妻岳」(1145m)の南斜面の源流域までほぼ変わらない。

 橋を左手に渡れば大津地区だが今回は渡らずに、そのまま左岸沿いを上流に向かう。野里小学校のすぐ下に田の神があると聞いたからだ。Takasugawa2_013

小ぶりの田の神だった。しかも顔がえぐれ、両手も落ちている。珍しいのは座っていることだ。有名な田の神はほとんどが立った姿のはず。行き会った人が「一昨日まで周りが草ぼうぼうだったのに」と言っていた。

 隣の石碑は耕地整理記念碑だ。田の神に負けず劣らず多いのがこの手の記念碑であるが、田の神と並んでいるのは余り見かけない。

Takasugawa2_014  田の神の筋向いの道路下に池のような物がある。行ってみると野里小学校の「メダカの池」だった。睡蓮がびっしり浮かび、池の周りの草も自然だ。ビオトープという生態系観察のための施設ということだろう。

 いわゆる総合学習の一環だが、文科省は「そんな時間があったらもっと机に向かって勉強せい」と国際学力調査の成績が落ちたことでカリカリしているらしい。なんとも短絡なことだが、こっちを学習したほうが探究心は付くし、ましてこれからの環境問題を考える糸口になろう。 

Takasugawa2_015 それにしても野里小学校の校舎のすばらしさには舌を巻く。どこぞの有名私立小学校という雰囲気だ。

 ここに限らず、鹿児島の小学校は地域のシンボルの意味合いもあってどこに行っても豪華に造ってある。イザというときの避難所にもなるから頼もしい。これに温泉があれば完璧だが・・・。Takasugawa2_017

おやおやと思うほど野里田んぼには田の神が多い。シラス台地の下に広がる集落から田んぼ地帯に出る際に必ずあると言ってよい。

 ここ吉国集落では田の神が二基並んでいる。耕地整理記念碑とも同席だ。それだけではない、向こうの四角いのは「戦災復興記念碑」で、海軍基地のあった鹿屋は米軍の爆撃の標的になることが多く、この地区もひどい目にあったらし い。時代の証人だ。Takasugawa2_020_2 

吉国橋のすぐ上手には井堰がある。

 橋を渡って吉国集落を通り抜け、さらに上流を目指すと300㍍ほどで峡谷の入り口になる。急に林が迫り、川も近づいてくる。程なく国道220号線に出る。そこに架かる橋が高橋(下の写真)で、これは峡谷をかなり下に見る「高い橋」には違いない。そのためか、このあたり一帯も高橋地区になっている。Takasugawa2_021

高橋を渡ると、道は峡谷とは離れ、1キロ余り上流の一里山交差点を右折し、約150㍍先の「一里山橋」の上からしか川は望まれない。ところがあったのだ、峡谷へ降りる道が。

 一里山交差点からは250㍍ほど手前になるが、右手に入る細い道がある。うっかりすると見過ごしてしまいそうな道だが、ちゃんと舗装はされている。右折すると緩い下り坂で、100㍍も行くと先に小さな橋が架かり、左手には立派な石碑が立つ。

Takasugawa2_023 これが知る人ぞ知る「磯吉橋」で、大正年間に国道の川向こうの台地を開墾しようという熱意を持った「郷原磯吉」が私財を投じ、川幅の最も狭いここに橋を渡したという。峡谷の川面からは優に30㍍はある高い所に、80年以上前の当時どのように橋を渡したのか、凝灰岩製の頑丈な橋は今でも車を通している。

 磯吉橋を渡り、50㍍ほどいくと川に降りる道がある。

Takasugawa2_024 国道220号線鹿屋バイパスに架かる一里山橋が、すぐ向こうに高く見える。川面との比高は40メートル以上はあるだろう。見ているとひっきりなしに車が通る。一里山の一里とは、花岡町にある花岡島津家の仮屋(役所)からの距離だそうだ。

 再び磯吉橋を渡り、さっきの国道に戻る。一里山交差点を右折して一里山橋に至り、そこから下を眺める。すると川の右岸に見事な田んぼがある。磯吉橋開設の功徳のひとつだろう。

Takasugawa2_026 川はこの上で二股に分かれ、左手の川が鳴之尾牧場の近くを流れ、源流を妻岳に持つ高須川本流だ。

  

 マップ(赤い十字は磯吉橋。矢印は吉国の二体の田の神)

鹿屋市のスクロール地図はこちら

Maptakasugawa2

 

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