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泣く子と地頭(政府)には勝てぬ?

 石原慎太郎東京都知事が「泣く子と地頭と政府には勝てない」とぼやきつつ、しぶしぶ都に入る法人事業税、住民税2兆数千億円のうち、約3000億円を税収の豊かでない地方自治体に分与すべしとの政府案に同意したという。

 もちろんそれなりの見返りがあってのことだが、それにしても東京都の収入はすごい。しかし、これはけっして石原知事や都の役人の努力によるものではなく、首都東京に大会社の本社が集まっているから黙っていてもそういうことになる。だから石原氏は地方に対して「お前たちの努力が足りないから貧しいのだ」などと考えるべきではなく、口に出すべきでもない。

 だいたい東京を首都にしたのは明治維新政府の功績なのだ。言うまでもなく、維新政府の中心は薩長で、石原氏の好まない「田舎者集団」なのであった。彼らが多くの反対を押し切り、明治天皇を京都御所から江戸城へ「行幸」させたがゆえに、江戸が東の京都つまり「東京」となり、首都になった。石原氏は当然このような経緯を知っているはずで、東京都の税収が豊かなのも淵源はそこにあるわけだから、薩長の本貫地である鹿児島・山口に対して足を向けては寝られないのではないか。

 現代でも、大会社社長やら、高額納税者の多くは東京以外の地方出身者がほとんどだろう。石原知事にしてからが神奈川県ではなかったろうか。

 以前、石原氏がまだ衆議院議員で環境庁長官であったときに宮崎県にあった日本航空のリニアモーターカー実験線を視察したとき、「豚臭い、鶏臭い」と声を荒げて物議をかもしたり、鹿児島の離島に立派な道路が造られているのを揶揄したり、その頃から地方には厳しい人柄だった。

 石原氏の「ノーと言える日本」はアメリカへの直言として期待したのだが、あれはもう棚上げにして「ノーと言える東京」で国内の「落ちこぼれいびり」に転じたのだろうか。そうであっては困る。

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