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初詣(荒平天神)

あけましておめでとうございます。平成20年もどうぞよろしく。

 鹿児島ではこの時「若う、おないやったなあ」などと言う。一年間の疲れ、ケガレが歳末までにたまったあと、年が明けると一気にリセットされて再び元気がよみがえるという意味だろう。なるほどと思わせる言葉だ。

 元旦恒例の「ニューーイヤー駅伝」を見てから、初詣に行こうとしたが、しぐれのような生憎の空模様。文字通Hatumoudetenjin_018 り模様眺めをしているうちに、日が暮れかかってきた。

 行かねばなるまいと意を決して、いくことにした。今年は天神様を、と、鹿屋市の西海岸にある通称「荒平(あらひら)天神」(菅原神社)を目指した。

 高須町からは錦江湾沿いの快適な道を行く。もうすぐ天神地区に入ろうかという所に菅原小学校があるが、そこを通り過ぎたところから、天神町の海岸(小さな漁港)越しに桜島が見えた。しかも雪を被っている。

Hatumoudetenjin_024  天神の町並みを右手に見ながら、ほぼ町外れまで行くと、海の中に二こぶの島が見える。島は海岸から砂洲でつながっており、真ん中あたりに鳥居が建つ。

 ちょうど道路から島へ伸ばした電球の列に明かりが入ったところだった。なかなかいいもんだ。ひっきりなしと言うほどでもないが、それでも参拝に来る人は途切れることはない。Hatumoudetenjin_020

鳥居をくぐり、砂の上を30メートルも歩くと、急な階段だ。

それも始めのほうはコンクリートで造作したどこにでもある段々だが、最後の十数段はこの島を形成している赤色凝灰岩そのものに刻み込んだもので、年々磨り減っていくらしく段の形も不ぞろいで危なっかしい。でも手すりとロープが備え付けてHatumoudetenjin_021 あるから安心だ。

 社殿のある頂上は、大人が7~8人で満杯になる狭さで、さきに20前半の若者たちが、お賽銭がどうのこうのと言いながら仲良く参拝していた。

 菅原神社の祭神はもちろん菅原道真。讃岐守、文章博士、右大臣を歴任、時の宇多天皇の覚えめでたく出世街道を歩むかに見えたが、藤原時平の讒言にHatumoudetenjin_022_2 あい、九州の大宰府に左遷されそこで亡くなった。その無念の死が時平の変死と結び付けられ、神として祭られるようになったのはご存知の通り。

 荒平天神の創建は不明だが、天文年間(1532~1554)だろうと言われている。創建の由緒も分からぬが、大宰府着任後に薩摩半島には訪れているようで、東郷町(現・薩摩川内市)には「藤川の臥竜梅」という梅の巨木があり、それは道真公のお手植えとの伝承があるから、大隅にもそんな繋がりが考えられるかもしれない。

  マップ(赤い十字が荒平天神)

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