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菱田川流域散策(その一)

 菱田川は鹿屋市輝北町に源流を持ち、旧大隅町(現・曽於市)、旧有明町(現・志布志市)を流れ、河口だけ0531hishidagawa1_003 は大崎町(曽於郡)という長さ約50キロ、大隅半島部では最大の川、旧大隅国では霧島市の天降川についで第二の河川である。

 河口の向こうは太平洋(志布志湾)。あいにく曇っていたので左手に遠く見えるはずの都井岬は見えなかったが、志布志湾に浮かぶ島「ビロウ島」が見えていた。

0531hishidagawa1_002 河口の先でやっていたサーファー。朝10時というのにもう上がってきた。

 早朝からやっているという。

0531hishidagawa1_006  

 河口から300メートルほど上流に架かる菱田大橋までの緩やかな汽水域には水鳥が多い。対岸の家並みは菱田川の土砂が造った砂洲の上に建つ。

 8世紀代に書かれたと思われる『大隅国風土記(逸文)』に0531hishidagawa1_007 

       必志里(ひしのさと)

 大隅国風土記にいわく「必志里。むかし、この村の中に海の洲ありき。

 因りて、必志の里という。(注)海の中の洲は、隼人の俗語に必志(ひし)という。 0531hishidagawa1_008

 とあり、このあたりに砂洲の多かったことが分かる。この説話は、原住民の隼人が砂州のことを「ひし」と言ってたので、ここが「ひし田」(大崎町菱田)と呼ばれ、川も「菱田川」になったという地名起源説話である。

 菱田大橋から右岸を300メートルほど行くと、土手の左手に大型のユンボが掘った池ができていた。池の対岸を見ると、緑の畑の直下約1メートル位は畑土(水田土)で黒いが、その下は川砂だ。ここもかっては砂洲だったのだろう。0531hishidagawa1_010 

さらに右岸を行くこと500メートル、ワゴン車が停まっていたので声をかけると釣り人だった。

 何が釣れるんです? ――コイですよ。  釣れますか? ――いや、今日はまだ。  

 見れば4本も釣り棹を伸ばしている。菱田川沿いを行ったり来たりしているそうだ。道順を教えてもらい別れた。0531hishidagawa1_012_3

釣り人の300メートル上流には「田尾橋」が架かる。

 この橋から上流はシラス台地がぐっと迫る。川沿いの田んぼ地帯もここまでだ。河口から1.5キロしかない。要するに、昔はこのあたりから志布志湾に向かって「扇状地状三角州」が広がっていたのだろう。

 その三角州のひとつひとつの砂洲が隼人に「ひし」と呼ばれ、今はこうして水田地帯になったわけだ。菱田川の賜物に他ならない。0531hishidagawa1_020

釣り人に教えて貰ったとおり、田尾橋を左岸に渡り、左折してさらに川めがけて降りていくと、「野井倉大橋」の下をくぐって上流に向かう。

 途中、目に付くのは養鰻場だ。菱田川の下流から中流にかけては養鰻場だらけと言って差し支えない。

 右岸にも左岸にも崖下だろうがなんだろうが、やたら目に付く。0531hishidagawa1_019

養鰻場に並んで、かなり大手の水産加工会社の工場もあった。

 飼育場にしろ、加工場にしろ、水が豊富でなければ成り立たない事業だが、菱田川流域は地下水に恵まれているに違いない。

 稚魚(シラスウナギ)が肝属川河口でよく採れると聞くが、菱田川河口もそうなんだろうか?いや、やはりほとんどは輸入だろう、残念ながら・・・。0531hishidagawa1_018

養鰻場を過ぎ、そのまま左岸をうねうねと500メートル余り行くと「蓬原橋」に行き当たる。渡らずに右を行けば志布志市役所(旧有明町役場)、左折して橋を渡っていけば国道269号線に突き当たる。

 橋の辺りは水量が豊かだ。左岸にも右岸にも白い養鰻場の建物が見える。

 今回、遡るのはここまでとし(河口から3キロ強)、引き返して野井倉大橋を渡ることにする。0531hishidagawa1_023

 「野井倉大橋」は志布志ー鹿屋グリーン道路に架けられた全長200mほどの橋で横浜ベイブリッジを思わせる斜吊橋なのが珍しい。

 平成17年3月に完工し、と同時に志布志グリーン道路も全線開通した。それまでの国道220号線経由より、20分ほど時間が短縮されたという。

 0531hishidagawa1_022 鹿屋・肝属産の農畜産物がいち早く志布志港発のカーフェリーに運ばれるように、というのがキャッチフレーズの建設だったが、出所は例の特定財源何とやらのはず。

 広々とした橋の上から上流を望むと、目に付くのはやはり、養鰻場。

 農畜産物のほかに、水産物であるウナギもこの道路を使って大都市へと運ばれるのだろう。

0531hishidagawa1_025  橋を右岸に渡った地区が片平。ここに「片平古墳」があるのは何かの情報で得ていたので、渡り切ったら誰か地元の人に聞こうと、単車を道端に寄せ、路地の向こうを覗くと、誰かが畑仕事をしている。

 行って「片平古墳は」と切り出すと、すぐさまのレスポンス。「ああ、すぐそこの森の中ですよ。でも竹やぶに覆われているようで・・・」と恐縮勝ち。

0531hishidagawa1_024_2   「ああ、そうなんですか」とよく見ると、麦藁帽子の下の顔はずいぶん若い。「実はわたし、志布志市の文化財課の者でして」――で、おどろいた。

 旧有明町の文化財係員でD氏という。今、精を出しているのは、これから家を建てる場所の整地作業だという。おとといの大雨で50センチ盛ったシラス土が一部流れたので補修とのこと。

 完成は今年末だそうだ。「それより、近くに片平古城址がありますよ。伴姓救仁郷氏が初めて築城し、その後、蓬原城に移ったらしいです」

ほう、肝付氏の分流ですな――礼を言って別れ、そこに向かった。写真(上)が「片平古墳」があるらしい岡(下は田んぼ地帯)。写真(下)がその約100メートルほど菱田川に近い「片平古城址」があるという小高い岡(人家の奥。写している耳に川音が聞こえるほど流れに近い)。

  マップ(最近、マップ用の地図コンテンツにつなぐと固まってしまうので、読者自らのアクセスをお願いします。「鹿児島県曽於郡大崎町」でアプローチしてください)

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