« 小柳ルミ子が来たとは! | トップページ | 中世史研究会で発表(鹿児島市) »

垂水の島津家墓地

肝付地区の文化財保護審議委員会の総会があり、いつもその後に行われる現地研修に参加した。

 今回は垂水市で行われ、研修には最近垂水市に寄贈された「島津家墓地」が選ばれ、念願の入場を果たした。これまで三回ほど行っているのだが、いつも入り口は閉ざされていて、中を見ることが適わなかったのである。0521tarumizu_002

 ただ、その前に時代順として「島津氏久逆修塔」を見学。

 島津家墓地より約1キロほど山の手に行き、かなり狭い集落道を入った所にある。

 折からの桜島の降灰で、道がうっすらとグレーに染まっていた。0521tarumizu_013

 およそ60基の宝塔の中にひときわ目立つ宝印塔が、島津家第6代当主・氏久の逆修塔。

 逆修塔とは、大きな戦いに臨む前にあらかじめ造らせておき、死後の冥福を祈るための供養塔で、死を覚悟した証しとも言える記念碑だ。

  島津氏久は南北朝時代を生き抜いた武将で、本拠地を大姶良城に置いたため、祢寝(ねじめ)氏と連携をとりながら、古族・肝付氏とは何度も事を構えた。

 0521tarumizu_014 信州が本貫の稀有の武将・楡井頼仲の席捲を許しながらも、これを押し返し、大隅半島がやがて島津氏の手に落ちる布石を打ったといえる。次代の元久は大姶良城で生まれており、自身の墓も近くにあったが、今は鹿児島の島津家墓地に移されている。

 その代わり、逆修塔はあちこちに残っている。垂水のは正平10(1355)年頃に建てられたらしいというから、650年前のもの。また石塔群の中には珍しく肥後相良の一族・永留氏のがあり、その建立の経緯はいまだ謎になっているそうだ。0521tarumizu_017

 次に向かったのが「垂水島津家墓地」。

 入り口の扉はたしかに開いていた。

 木漏れ日の向こうは、かなり広い敷地で2段になっており、うしろに高いシラスの崖が迫る。昨年、当家最後の16代の後裔により市に寄贈されたのを機に整備をしたところ、最深で1メートルもの土を掘り返し、今ようやく14基が確認された。0521tarumizu_020

14基とは二基少ないが、2代目と5代目の墓は宮崎県佐土原と東京(江戸)にそれぞれ所在するそうだ。

 それでも、16代のうち14代のが揃っているというのは珍しいという。珍しいといえば、奥方の墓が当主の墓と並んでいるのも珍しいらしい。

見て回ると、面白いことに気づいた。

 0521tarumizu_030_2 それは明治の廃仏毀釈後に亡くなった人の墓は、それまでの仏式の宝塔のタイプではなく、角柱の、それも上に行くほど狭くなり、天辺が背の低いピラミッドの形をしていることだ。

 左の第13代貴典公の場合、本人は江戸時代の元治年間に亡くなっているので 完全な仏式の宝塔で、芸術的でさえあるのだが、奥方のほうは明治9年建立のオベリスク型でシンプルなもの。そのコントラストが面白い。碑面の霊名(戒名)を読んだら、さらに面白くなった。

  <真注連張間姫命>・・・ましめはりまひめのみこと、と読むのだろうか?

 注連は「しめなわ」のことだろうから、この戒名の意味は「ちゃんとした注連縄を張りま(した)姫君の霊位」となると思うのだが、そこに込められた真意が分からないせいもあって可笑しくなってしまった。0521tarumizu_022_3

 墓地入り口を入ってすぐの右手奥に、明治10年になくなった「八百姫」の墓がある(例のオベリスク型だ)。

 向こう側に真新しい説明板がまぶしく建っていた。「篤姫」と八百姫との関わりが書かれているのだが、それによると八百姫(於朝=おあさ)は南部藩の姫君で島津重豪(しげひで=娘・茂姫が11代将軍斉宣の正室)の孫に当たり、13代家定の正室にしたいと白羽の矢が立てられていたのだそうだ。

 だが八百姫はいち早く垂水島津家(14代貴敦)に嫁いだため、今和泉島津家の篤姫にお鉢が回って来た――という。

 まかり間違えば将軍家の「御台所」になったかも知れぬ姫君が、わざわざこの辺境の垂水家に嫁いで来た――そんなすごい歴史を秘めた垂水、と自慢の種にはなるかもしれない。それとも単に篤姫ブームにあやかりたい? いや、歴史はかこつけることで(カッコつける、ではない)理解が深まってゆくことが多いもの。

 

|

« 小柳ルミ子が来たとは! | トップページ | 中世史研究会で発表(鹿児島市) »

おおすみウォッチング」カテゴリの記事

コメント

【リンク報告】

カミタクこと神山卓也
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/
と申します。

 先に、貴ブログ内の別日記にもコメントいたしましたが、私が運営しておりますホームページ「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/kagoonin.htm
内の「NHK大河ドラマ「篤姫」の故郷紹介(鹿児島観光案内)」のページ
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/ATSUHIME.HTM#atsuhime_others
から貴ブログ記事にリンクしましたので、その旨、報告申し上げます。

今後とも、よろしくお願い申し上げます。

投稿: カミタク(リンク先は「NHK大河ドラマ「篤姫」の故郷紹介(鹿児島観光案内)」) | 2010年1月30日 (土) 18時19分

義久の三女の件で、参拝しました。
お墓が見当たらないので、、
お尋ねしたら、納骨堂に。
例の水害の時、土石流で、流されたとか。

投稿: より | 2011年11月 6日 (日) 00時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 小柳ルミ子が来たとは! | トップページ | 中世史研究会で発表(鹿児島市) »