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歴史認識――とくに太平洋戦争の――

田母神航空自衛隊幕僚長が「定年退職」扱いになって結局はやめさせられたことについて、やれ退職金を返納せよ、とか、なぜ依願退職にしなかったのか――と例によってマスコミはかまびすしいが、かっての守屋外務事務次官とは次元が違うだろう。

 守屋氏は明らかに業者との癒着があり賄賂を貰っていたので、これは堂々たる刑事事件による強制退職で、退職金も法的に支払われなかった事案であった。

 田母神氏の場合は刑事罰など何もない。ないのに依願退職させられたり、退職金を返還させられたりしたら、北朝鮮のような思想統一の独裁国家と何ら変わりはなくなろう。

 それでは、氏のどこが悪かったかというと、「政府の歴史認識と違っているのが<国家公務員として誤りである>」ということに尽きるようだ。

 だが、そもそも政府の歴史認識とは何か。あの太平洋戦争に関しては「ポツダム宣言」を受諾し、サンフランシスコ平和条約を締結し、極東軍事裁判および各国におけるA級・B級・C級戦犯の訴追と実刑判決を受けたことで法的には済んでいるのに、中国に行っては向こうの言い分に「ご無理ごもっとも」、韓国に対しても「すみません、すみません」と低姿勢はいいが、相手の言い分にただ平身低頭しているばかりだ。

 政府の歴史認識については、外務省のホームページの一部に特集的にQ&A形式で書かれているので、それを参照してみたい。

 1995年の戦後五十年「村山総理大臣談話」と、2005年の戦後六十年「小泉総理大臣談話」が平行して載せられてある。

 小泉総理の談話は、村山総理の談話を下敷きにしていることは明らかで、問題は村山談話だ。おそらくこれが日本国家の行政府の太平洋戦争に関する歴史認識なのだろう。読んでみると、太平洋戦争は「過去の一時期に誤った国策で、国民を塗炭の苦しみに投げ入れ、侵略と植民地政策で中国、韓国はじめ近隣諸国に多大の損害を与えた」戦争であるとしている。

 なるほど「侵略」と「植民地」が出てくる。日本の植民地に関しては、確かに「朝鮮」と、それに準ずるものとして「満州」があげられるが、満州も朝鮮も、当時ほうっておけばロシアの植民地になっていたことは明らかで、ために日本の朝鮮併合を当時の欧米の国際社会は許したのであった。その背景に、欧米のアジア・アフリカにおける植民地争奪が当たり前、という時代状況があったことを忘れてはなるまい。

 また、満州については朝鮮と同じ「併合」なら当時の通常の植民地政策であり、共産ロシアへの堅固な防波堤としての評価を得たのであろうが、「五族協和をコンセプトとした独立国家=満州帝国」などそれまでの侵略的欧米植民地主義には無い概念だったので、おどろいた欧米(特に英国)の反感を買った。それがリットン調査団派遣による「ノー」という裁定に表れたのである。

 要するに日本は、欧米の植民地争奪という世界分割(分捕り)合戦の真っ只中に割って入った唯一の非欧米(非白人)国家だったのであり、相も変わらぬ白人優位の「人種差別主義」の根幹を揺すぶったがために、目の敵にされた――これが太平洋戦争の真因である。

 これが「歴史認識」というものである。

 英国の歴史・文明学者A・トインビーは、文明間の「挑戦と応戦」を説いているが、それに従えば、太平洋戦争はまさに西洋植民地侵略・奴隷化文明に対する東洋的日本文明の応戦だったと言えるだろう。この観点をゆめゆめ忘れてはなるまい。

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