高隈連山を望む(鹿屋市川東町)
ブルっと冷え込んだ今朝。県内は軒並み零下を記録。この冬一番の寒さだったそうだ。
午前七時の我が家の玄関口で氷点下2.5℃、は確かに厳しい。昨日よりさらに1度下がっている。
昨日から見学に行っている肝属郡錦江町池田の「旗山神社」の正月神事「柴祭り」の帰りに、肝属川の土手を走ってみると、清澄そのものの大気の中に、高隈連山が余す所なくその全容を見せていた。
鹿屋市川東と川西の間を結ぶ「大正橋」の上からは、高隈山が山岳信仰のメッカだった頃に登る対象とされた「高隈七岳」のすべてを見ることができる。(川は肝属川)
向かって左から横岳、平岳、二こぶの双子岳、小さくとんがっている妻岳、そして名峰・御岳(権現岳)。
右手へ下ってまた登りかかる所にあるコノガラ岳、最後の右端のピークが最高峰のオオノガラ岳。
これらはすべて千メートルを超える山々で、最高峰はオオノガラ岳の1246mだが、山岳信仰時代の盟主は御岳(権現岳=1182m)だ。
ところで連山の名の「高隈」。
使われれる漢字の「隈」が「くぐもった様子。屈曲のある蔭の部分」の意味であることから、王化に浴さぬ「クマソ」の「クマ」のイメージとダブらせて解釈する向きが多いのだが、どう見てもこの連山は蔭にあるようには見えず、それどころか明々白々、堂々と空に突き出ているのであるから、そうは言えまい。
私見では「隈」は「熊」であり、「熊」は本来「火を能くする、火の盛んな」であるから、「タカクマ」は漢字を当てるならば「高熊山」が正解で、その意義は「おおいに火=日=霊の盛んな山」である。
ついでに「熊襲」も言っておくと、「熊」は「隈」でもなんでもなく、上で述べたように「火の盛んな」の意味であり、「熊襲」とは「火の盛んな(性格を持つ、またそのような火山地帯に住む)襲人」のことであり、大カルデラ火山を4つも5つもその領域に持ち、火の洗礼を物ともせずにたくましく生きる南九州人の、むしろ尊称(自称)とも言える名称なのである。
同じ南九州人を後世「隼人」と名称換えするが、記紀の天孫降臨説話で「隼人の祖はホスセリ(ホデリ)」と記されるのは共に「火が盛ん」の意味であるから、まさに「熊」の原義に適っている。このことをよくよく考えなければなるまい。
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