志布志市田之浦地区宮地に鎮座する「田之浦山宮神社」は天智天皇を祭神とする神社である。
社伝によると創建は和銅2年(709年)といい、東北に聳える「御在所岳=530m」を天智天皇の御廟とし、里宮に子の大友皇子を祭っていたのが由来だそうだ。しかし約百年後の大同2(807)年、同じ志布志市の安楽地区にある名も同じ「山宮神社」に合祀されて、向こうが天智・大友両祭神とその后妃一族をあわせて「郷社・六所大明神」となってからは、地元で細々と祭祀が続けられ今日に至っている。
田之浦へ向かう途中から見た秀麗な「御在所岳」。
山宮神社の全景。
神社の周辺には田んぼが広がる。田の数にして17,8枚ほどか。面積にして1,5ヘクタール位なものだろう。
左手に見える集落各家の耕す土地だが、神社横に神田らしきものがうかがえる。
神社の右手(東側)は安楽川の清流で、県道からは向こうに見える橋を渡って来るようになっている。
神社脇の生垣にも注連縄が張り巡らされ、祭りの厳粛さを予感させる。
のぼり旗の立ち並ぶ境内は、春一番の大祭に繰り出す人出が多く、にぎやかだ。
拝殿前には今日の祭りの由来「ダゴ飾り」が美しく供えられている。
ダゴとは紅白の餅を丸めて竹串に刺したもので、さらにそれを太い竹の上部に荒縄で捲いた藁苞状の物に挿し込んで「ダゴ飾り」となる。
直径が8~90センチはあろうかという大きなもので、ダゴ以外に椿の葉、梅の枝、金柑などの縁起物も挿し込まれ、見ていて浮き立つような明るさがある。
各集落や婦人会のお供えだが、今年は向こうに見える田之浦小学校生徒のダゴ飾りもあった(ピンク色の短冊がひらひらしていたが、それに各自の願い事が書いてあった)。
本殿の入り口にもダゴ飾りを供え付けて、いよいよ準備は整った。
午前11時、祭典が始まった。
宮司の修祓のあと神招ぎの拝礼、供献をし、それから参列者の玉ぐし奉奠と神事は進み、30分ほどで終了。
この後は拝殿前に設えられた舞台で「神舞」の奉納が行われた。
神舞保存会の解説によると、昭和58年に復活した神舞は33番あり、今年はその中の6番が奉納されるという。
まずは「彦舞(ひこまい)」。
彦とは猿田彦のことで、天孫降臨を道案内した国津神であるから、トップバッターにふさわしい。
四方を祓って回るので、舞と言うよりは「祓い歩き」である。
真ん中に置かれた注連縄付きの木の切り株台にのって、四方をお祓いしているところだ(上に吊るしてあるのは四方八方を表す物で、子・丑・寅・・・という十二支を書いた御幣もぶら下がっている。これも方角を示しているのだろう)。
2番目は「帯舞(おびまい)」。
白装束の男二人が、それぞれ紅白の帯状の布を手にして舞う。
こちらは「地を祓い清める」所作が多かったように思われた。
初めて目にするタイプの舞で、見ごたえがあった。
3番目は「児鬼神舞(こきじんまい)」。
田之浦小学校の高学年の男子二人が舞った。
33番の中にはこの他に「稚児鬼神舞」というのもあるようだが、もっと小さな子が舞うのだろうか。
どちらにしても大人が舞う勇壮な「鬼神舞」の前座なのかもしれない。
4番目は「弓舞」。
男性二人が、弓を手にして舞う。腰には矢も挿している。
保存会の解説では、祭神の天智天皇が狩猟をされた故事に倣って舞われるもの―だそうだが、別に天皇を持ち出すまでもなく、縄文時代からの習俗を儀礼化した舞、と見ていいのではないかと思うが・・・。
最後は舞いながら、実際に的(イノシシ?)に見立てた俵に矢を放つ。
今年は4本のうち3本が刺さった。
5番目は「田の神舞」。
「舞」というのは当たっていない。田の神と農民(田吾作)との「掛け合い万歳」というのに近い。
「田の神(かん)さあ、田の神さあ」―と田吾作がおどおどしながら呼びかける。
「ない(何)か、ゆ(用)か?」―と田の神が振り向く。
「へっ、ない(何)か珍しかもん(物)をば、背中にからっちょい(背負っている)もしたげな」
「ア、ハアハアハア!こい(これ)かや。こんた(これは)メシゲじゃらいよ」
「い、いけんして(どうやって)つこう(使う)もんな、そんた(それは)」
などなど鹿児島弁で珍妙かつ間合いよくやり取りを繰り返し、結局、気のいい田の神は田吾作に「メシゲ(しゃもじ)」と「すいこぎ(すりこ木)」を与えてしまう。
その上に、田の神の最後の持ち物である「稲穂鈴(山伏の持つ錫杖の頭に似た格好の物で、振ると鈴の音色がする)」をも所望するが、「こんたぁ、やれん(これはやれない)」と断り、舞台を去って行く。
思うに――田の神は道具は授けるが、それを使って田を耕し、稔らせるのは人間の仕事であり、あとは自分で努力せよ ――と言いたいのだろう。
ただし、メシゲを「女性の象徴」、すりこ木を「男性の象徴」と考え、実らせることを「子産み」になぞらえる性風俗的な観方もある。しかしそれは余りにも限定し過ぎた見解だろう。
本日の最後、6番目の舞は「四方鬼神舞」。
東西南北を表す「青・白・赤・黒」の4種の鬼面を付けた四人が、所狭しと激しく動きまわる舞である。
4鬼神の最終的な狙いは舞台の真ん中の「金の鉾」を獲得することで、黒鬼が敗れ去り、白鬼が去りして、最後は青鬼と赤鬼が競り合う。
とうとう右の赤鬼が金鉾を手にして、長く激しい舞が終わる。
保存会の解説では「赤鬼神が勝ったのは、赤は東を意味していますから、太陽が昇ることの寓意なのでしょう」―ということだったが、赤は南ではなかったか。
南が勝ったのは、太陽の極盛が穀物でも何でも、大きな実りをもたらす、ということの象徴だろう。
(青龍が東、白虎が西、朱雀が南、そして玄武は北を表すというのが中国伝来の陰陽道にある。)
奉納の舞が終り、いよいよ待ちに待った「ダゴ取り」が行われる。
数えたら全部で13本あったダゴ飾りが、境内に持ち出された。
はよ、「始めっ」ち言わんかよ―と皆、スタンバイ。
はら、開始やっど!
それ取れ、やれ取れ!
やれやれ、これで今年も家内安全・無病息災。
取ったダゴは家に持ち帰って食べるか、神棚に一年飾っておくらしい。
食べる際には、そのままか、煮るのはよいが、けっして焼いてはならないそうだ。火事・火難に遭うからという。
少女は誰かからおすそ分けを貰ったらしい。
ヨモギ入りのダゴも混じっている。健康によさそうだ。
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