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田崎神社のお田植え祭(鹿屋市田崎町)

田崎神社のお田植え祭は2月22日と日が固定されている。今年は日曜日だったので見物することができた。222tasakijinjaotauesai_002

2月22日はこの地に賀茂大社の分霊(ワケイカヅチノミコト)を捧持してきた伊勢国住人「田丸玄蕃」の縁日でもあるらしい。

 本殿に向かって左にある「田丸玄蕃・神道碑」の前には、榊と餅、野菜などが供えられていた。

 後ろには寛永3(1626)年の宝鋏印塔なども見える。222tasakijinjaotauesai_005

祭典開始は午後1時。222tasakijinjaotauesai_007

今日の主役と言っていい「七人の侍(さむらい)」の一人が、玉ぐし奉奠をする。

 赤い袖なし着が一風変わっている。222tasakijinjaotauesai_014

神事が終わると、七人の侍たちは、手に手に鍬(柄振り)に模した物を持ち、田んぼに見立てた境内に登場する。222tasakijinjaotauesai_018

続いて大きな鏡餅を担いだ「神役」と、鋤を担いだ田吾作役も現れた(小雨が降っていたので、餅にはビニールが掛けられている)。222tasakijinjaotauesai_020

境内を観客を冷やかしながら何周か歩いたあと、七人は牛を曳き出してきた。222tasakijinjaotauesai_023

まずは「七人の侍」が気勢を上げながら、田んぼに見立てた境内を縦横に走り回る。222tasakijinjaotauesai_025

しばらくすると今度は「田吾作」が出てきて、牛に着けた鋤を押して行く。

 七人の侍は田吾作が登場した以上、単なる「農夫」ではない。田吾作の耕作を加勢しているのだ。

 思うに、七人の侍とは「七狩長」のことか。狩猟の神だから耕作はしないが、田吾作が耕作するのを助けることはできる。222tasakijinjaotauesai_031

皆の息が上がったころ、ようやく耕作が終り、七人は神官から炊いた米(ご飯)を一握りずつ貰って食べるのだが、その時にめいめいが立ち上がって、観衆に向かい「うんまか米じゃ。今年の豊作まちがいなし!皆さんも豊かになりますよう」などと口上を述べる。222tasakijinjaotauesai_032

いっとき休憩したあとの次の行動が面白い。

 立てかけてあったススキかカヤの束をめいめいが手に取り、袋状のちょうど藁苞納豆状の物を作り始めた。

 何のことはない、砂を詰め込んでいるのだ。222tasakijinjaotauesai_034_2

それを見物人目がけてばら撒く。見物人はヤッケなどを着込んでかけられた砂が体に入らないよう必死に避ける。

 氏子の人に聞くとあれは「肥料」なんだそうだ。よい収穫になるようにという「予祝」なのだろう。222tasakijinjaotauesai_036

最後に「苗」に見立てた物を皆に配る。222tasakijinjaotauesai_038

榊を手に持ったまま、参会者全員で踊りまわる。222tasakijinjaotauesai_039

笛・太鼓・唄などは無く、皆して粛々と舞い回る。222tasakijinjaotauesai_041

最後に「籾播き」の代わりだろうか「アメ播き」でお開きとなった。

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