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鹿児島神宮初午祭(霧島市隼人町)

旧暦1月18日に最も近い日曜日に催される鹿児島神宮の初午祭が、今年は2月15日(日)にあった。215hatuumasaitohikiyama_001

 朝9時半、加治木町木田の奉納馬が神宮の参道の入り口交差点に鎮座する「保食(うけもち)神社」の前にスタンバイした。

 腹には「奉納 木田郷」の垂れ幕、背には米俵とそれに刺した鮮やかな花飾り、さらによく見ると神社の御札や「合格祈願」「厄払い」「還暦祝い」などと書かれた旗のたぐい215hatuumasaitohikiyama_002が所狭しと飾り立ててある。

信号機のある交差点だが、通行止めにしてあり、この交差点でまず最初の馬の踊りが行われる。

 馬にかけられた沢山の鈴の首飾りが、掛け声、太鼓の音と共に独特のリズムを作り出す。

これが「馬のマンボ」と言われるゆえんだろう。215hatuumasaitohikiyama_005

加治木町木田の人々はそろいの法被を着て、神宮まで馬を連れて歩く。

 その傍を多くの見物客がカメラや携帯を持って、追いかけて行く。周りは露店でいっぱいだ。215hatuumasaitohikiyama_006

最大の第2鳥居をくぐる頃、人出は最高潮に達していた。215hatuumasaitohikiyama_013

参道の右手にある「宮内小学校」に入ると、なにやら物々しい格好の男衆がたくさん集まっている。

 校庭の遊具のそばには飾り立てた馬が繋がれていたので行ってみると、「隼人中 厄払い」の垂れ幕。

 すぐ近くにいた長い法被も勇ましい人に聞いたら、「隼人中卒業生で、今年の厄男が奉納するしきたりなんです」とのこと。許可を得て並んで立ってもらった。215hatuumasaitohikiyama_015

石造りの古風な第3鳥居をくぐると、いよいよ神宮の森が近くなる。215hatuumasaitohikiyama_019

黄色地の浴衣姿も鮮やかな木田の踊り連も加わり、ここで本式の奉納踊りが披露される。

 踊りの場には竹囲いして人が入れないようにしてあり、さらに御幣を付けた荒縄を張り巡らしてある。結界、つまり清浄を保っている。奉納はすべからく神事でもあるからだろう。215hatuumasaitohikiyama_021

二番手に控えているのは愛らしいポニーだった。名は「舞姫」だ。ポニーも4,5頭参加しているようだが「篤姫」がいたかどうかは確認していない。

 今年はポニーを含め全部で25頭の奉納があった。215hatuumasaitohikiyama_022

広場から階段横の車道を通って、いよいよ上の神宮境内に向かう木田の神馬。

一方で樹齢6、700年と思われる大楠。そしてこれとさほど変わらぬ長い歴史を持つ初午祭の神馬奉納神事。

 今ここで、その二つの歴史がクロスするかのような感慨に浸るのは自分だけか・・・。215hatuumasaitohikiyama_027

神宮の拝殿に向かって右手、武内神社などの摂社のある境内広場でも、厄払いの神事の後に奉納踊りが行われる。215hatuumasaitohikiyama_031  

摂社横での奉納が終わるといよいよ最後の奉納踊りだ。

 拝殿前の広場には、やはり竹囲いと荒縄に御幣で結界を作ってある。

 木田郷中の歌声が威勢よく響き、踊り連も華やかに加わって、見物客のにぎわいもピークを迎えていた。215hatuumasaitohikiyama_034

木田郷中の最後の奉納踊りが終わって拝殿に向かうと、何やら異様な男連が勢揃いしている。

 立てられた幟旗を見れば「日当山中卒業生の厄払い」だった。こちらもさっきの「隼人中 厄払い」と同様、伝統あるものに違いない。

初午祭は一種の豊作予祝・五穀豊穣の祈年祭のようだ。

 行き会った神官の一人に聞くと「馬を奉納するのは神への最高の儀礼」だそうで、馬の踊りは「土の霊を目覚めさせる」ということらしい。また、馬が奉納できないとき、代わりに奉納するのが「絵馬」とのこと。なるほど、なるほど。

 また別の神官Kさんは「島津貴久公が霊夢を見て、それから初午祭が始まったと伝承していますが、木田の馬がまず第一に奉納されるというのが当時からのものなのかは定かではありません」と言う。ただ「神宮の歴史を考えると、島津氏以前からあったと考えてもおかしくない」とも。

 ちなみに鹿児島神宮の概略を「由緒略記」から――

  御祭神  天津日高彦ホホデミノミコト(山幸彦) トヨタマヒメ

   相殿  仲哀天皇 神功皇后 応神天皇 ナカツヒメ(皇后)

  由緒  

 俗に「正八幡」「国分八幡」「大隅正八幡」と称し、全国正八幡の本宮。 大隅一ノ宮として朝野の崇敬篤く・・・、建久年間の図田帳(1198年)によれば、社領2500余町(2500ヘクタール)の多きに至り、江戸末期まで1000石を領有していた。明治28年には官幣大社に列せられた。現社殿は宝暦6(1756)年、第24代島津重年公の造営寄進によるものである。

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カミタクと申します。

拙ホームページ「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/kagoonin.htm
内のサブ・コンテンツ「鹿児島神宮訪問記」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/KAGKANA3.HTM
から貴記事にリンクを張りましたので、その旨報告いたします。

今後とも、よろしくお願い申し上げます。

投稿: カミタク(リンク先は「鹿児島神宮訪問記」) | 2009年8月 8日 (土) 00時40分

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