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岩ツツジ(鹿屋市萩塚町にて)

鹿屋市の南部、野里―西俣線(鹿屋市環状道路)が、大姶良川に向かって下降して行く手前の台地に萩塚町が展開する。

通りすがりの人家の庭からは、今ちょうど満開に近い岩ツツジの明るいレンゲ色の花が顔を見せている。306iwatsutsuji_008

よく刈り込まれた庭園樹(多くはイヌマキでビャクシンなども見える)のまだ新葉を出していない暗いみどり色の中に、思い切ってそこだけ明るい。

 思わず足を止めたくなる。306iwatsutsuji_012

岩ツツジ、別名はミツバツツジで、南九州以外ではふつう4月中旬ごろに咲く。

 南九州のこのミツバツツジは一亜種「ハヤトミツバツツジ」と命名され、平地の早い所では2月の半ばくらいから花を咲かせる。

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とある花壇の中のミツバツツジの前と横には、大小の石をあしらっていた。

 原産地の山中の岩場の雰囲気を模したものだろう。306iwatsutsuji_011

ある家の庭の奥には、この辺りでは最大と思われる岩ツツジが満開だった。

 高さ2メートル50センチくらい。上へ行くほど花数が多いのは見事だ。306iwatsutsuji_013

萩塚町は笠野原の壺屋の分かれ、すなわち文禄の役(1592年~3年)の時に島津義弘が朝鮮半島から連れ帰った朝鮮人陶工の分住の地で、彼らの尊崇した「玉山神社」がここにも祭られている。

 そのお宮ならもっと大きな岩ツツジでもありはせぬかと行ってみた。

 残念ながら岩ツツジは植栽されてなく、その代わりに高さ・幅共に7、8メートルはありそうな大きな石鳥居の前の桜が1~2分咲きであった。306iwatsutsuji_015

拝殿まで上がっていくと、たまたま宮司さんが所用で来ているところだった。306iwatsutsuji_016

挨拶をして中を覗くと、何と木製の牛車がある。

――お田植え祭があったのですね。

「いやいや、もうだいぶ前からやっていないのですよ。なにしろ人がいないので」

――そうですか。もったいないですね。

「ええ、何とか復活したいと考えてますが、そもそもお宮は荒れ放題だったんです。拝殿のサッシの窓枠や網戸なんか、私の祖母の家のお古を再利用しています。拝殿の周りの板壁も、30万かけて私が一人で塗り直しました」

 そういえばぐるりの板壁はまだ赤味が生々しく目に映る。

 鹿児島以外の神社ではこのように真っ赤に塗るのは「毒々しい。清々しさがない」として採用しないが、古来の熊襲・隼人といわれる南九州人は赤(というより朱・紅)には霊力が宿り、悪しき霊を寄り付かせない力があると信じていたようで、その証拠が石棺の内部に塗る朱の存在だ。

 他所から来た私にも、当初はなかなか馴染めない風習だったが、少なくとも古墳時代からはある習俗――として容認できるようになった。

 さて、宮司は河野さんといったが、「少しずつ、皆に呼びかけて、何とかしたい」そうである。頑張ってほしいものだ。

 玉山神社の祭神はというと、朝鮮開闢の始祖「檀君(ダンクン)」で、明治時代になってからは「スサノヲノミコト」という事になった(日本書紀に、スサノヲノミコトは子のイソタケルと共に韓国=からくに、に渡り・・・云々――と書かれている)。

 また、三国史記の「新羅本紀」によれば、新羅始祖・赫居世の重臣は倭人であり、同じく4代目は倭国の「多婆那国」の出身ということになっている。案外、史実を語っていると言えるのではあるまいか。

 

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