« 女男河原祭り(垂水市高城) | トップページ | 串良平和公園(鹿屋市串良町) »

田んぼ二景(鹿屋市寿8丁目・同名貫町)

早期米は鹿屋市吾平町が有名だが、こんなところでも作っている。408tauenoato_001

鹿屋市寿といえば、鹿屋市の笠野原台地上では繁華街の代名詞だが、その8丁目の道路際に結構な広さの田んぼがある。

 今日植えたばかりで、手前には田植え機が道路から出入りした轍が生々しく残っている。

 広さは推定だが40m×30mで1200平方メートル、坪数では360坪ほどだろうか。

 笠野原台地の上の標高60メートルくらいのここに水が引かれたのは、昭和42年に串良川上流の高隈町に「高隈ダム」が完成してからだから、この田んぼは新田中の新田だ。

 ここはそれまではサツマイモや麦、ナタネなどの畑作物しか作付けができなかったシラスの台地で、下場の串良川流域や肝属川流域が米の大きな産出を誇っていたのに比べ、価格の安い畑作物からの脱皮を何とか図りたい――という台地農民の悲願がやっと実ったのである。

 ところが皮肉なことに、そのころから全国的に米余りが続くようになり、ついには「減反」政策が始まってしまった。笠野原台地農業の方針転換の先が、生産性の高いお茶や酪農・畜産であった。それはそれで進展し、大規模農家がどんどん生まれてきたが、上の田のように小さな土地はその方針転換から取り残されて行った。408tauenoato_002

(すぐそばには住宅が迫り、アパートもある)

地主が、せっかくの導水を利用しない手はあるまい―と考えたのか、せめて自分の米ぐらいは作りたい―と考えたのか、あるいはそのどちらもかは憶測しかねるが、このあたりの土地は仮に売買が成立したとしたら最低でも「坪7~8万」だろうから、この田んぼは時価相場で3000万近い資産価値がある。

 つまり3000万の土地で、白米にして約400キロ、販売価格約16万の品物を年に一回だけ作っている――という勘定になる。土地生産性からいうと愚の骨頂という訳だが「自分だけのオリジナル米を作り、自分だけ(と家族や親類)が味わう」というのは、もしかしたら究極の「貴族的趣味の園芸」かもしれない。

 ため息をつきながらシラス(笠野原)台地を下り、帰宅途中、昔から豊富な「名貫湧水」で知られる「名貫川」沿いに行ってみた。まだ全体と言うわけではないが、そこここに早期米が植えられている。408tauenoato_004

右手に写る名貫川の土手は真っ直ぐに改良され、両側の田んぼもそれに合わせて基盤整備はされているが、なにせ狭い河谷ゆえ規模拡大も制限され、昔ながらの田んぼの風景が展開している。

 たぶん、販売するというより自家消費用の米作りではないだろうか。408tauenoato_003

やはりまだ田植え機の轍のあとが生々しい。おそらく昨日の田植えだったろう。

 今年の田植えは例年より10日くらい遅れているが、あと4ヶ月、八月の旧盆の前には刈り入れとなる。

|

« 女男河原祭り(垂水市高城) | トップページ | 串良平和公園(鹿屋市串良町) »

おおすみウォッチング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 女男河原祭り(垂水市高城) | トップページ | 串良平和公園(鹿屋市串良町) »