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阿蘇神社「御田祭」の「うなり(宇奈利)」

図書館で借りたビデオを返す期限が明日に迫ったので、もう一度見ておくことにした。404asojinjagosinkou_001

その中で、一つ発見というか再確認したことがあった。

(写真は肥後国一の宮と言われた「阿蘇神社」)

阿蘇神社では毎年7月28日に「御田祭(おんださい)」が行われる。

 その模様を記録したビデオだが、神輿が4基も「出御(しゅつぎょ)」するのは、大社であるからいいとして、興味あるのは神輿行列の中に「うなり(宇奈利)」という女性の行列があることだ。404asojinjagosinkou_003

「うなり」は14人いて、すべて社家の関係者だそうである。詳しい紹介は無かったが、おそらく社人の妻や姉妹などの親族だと思う。404asojinjagosinkou_007

その出で立ちも興味をそそる。白装束に身を固め、顔まで白い布で覆っているうえ、古式の頭上運搬法で高膳に載せた「御櫃(おひつ)」を運んで行くのである。

 このまま「一の御仮屋」「二の御仮屋」を経て街中を、また田んぼの道を歩いて行く。なかなかの重労働だろう。

 お櫃の中には御仮屋で神々に供えられた物を入れているようだ。

 このようなしきたりは御田祭の開始当時からのものだそうで、他の祭礼ではまず見ることのできない貴重な祭礼風俗だろう。

 そのこともだが、私にとってうれしいのは運搬する女性たちが「うなり」と呼ばれていることだ。「うなり」は琉球では「おなり神」と言われる「女性(のうちでも、兄弟に対する姉妹)特有の霊力・霊感に優れた女(神)」と同じであろう。

 「う」も「お」も接頭語なので省くと、残りは「なり」である。「なり」と言えば、魏志倭人伝の中の倭人国の一つ「投馬国(つまこく)」の「官にミミ(彌彌)、副官にミミナリ(彌彌那利)がある」として登場する「国王ミミ(耳)と女王ミミナリ」の「ナリ」を想起する。

 私見では「帯方郡から南へ水行(船行)二十日」の所に「投馬国」があり、それこそは「曽の国(鹿児島・宮崎)」を指す、と考えている。

 旧阿蘇国はのちに肥後国の一部となるが、肥後国つまり今の熊本県は魏志倭人伝では「狗奴国(くなこく)」と記されるが、熊本・鹿児島・宮崎をひっくるめて古事記では「熊曽国を建日別(たけひわけ)といふ」とあり、同族であった。

 熊本の中でも古国に属する阿蘇国の大社の祭りに「う・なり」という「女性」が登場するのは、投馬国の「ミミ・ナリ(ミミのナリ=国王の妻・姉妹)」の「ナリ」と共通であり、私見の<投馬国=曽の国=熊曽国の一つ=鹿児島・宮崎>説を別の角度から裏付けてくれている。

 ちなみに阿蘇神社の祭神は「建磐竜(たけいわたつ)命」であるが、これにも熊曽国を意味する「建(たけ)」が付いているし、古事記の「神武天皇記」によれば、神武天皇の大和平定後に生まれた長子「神八井耳(かむやいみみ=ミミ)」の子孫は「意富臣(おおのおみ)、小子部連、坂合部連、火の君、大分君、阿蘇君、筑紫三家連・・・・・(全部で19姓)」とあり、九州の君姓の支族を持ち、中でも「阿蘇君」は注目に値する。

 この「阿蘇君」の始祖が「建磐竜(たけいわたつ)命」であれば、神武東征とはやはり史実であり、南九州・熊曽国の中でも鹿児島・宮崎県側の「曽の国=投馬国」からのものであった、という私見を補強してくれる。

 ところでもう一つ、この「御田祭」の先導をする鉾に見えるのが、鹿児島の御田植え祭に必ず登場するサルタヒコ神、通称「鼻高どん」であるのには驚く。これも共通だ。404asojinjagosinkou_004

猿田彦神は国津神で、天孫二ニギが地上に降りてきたときに道案内をした神だが、こう各地の御田植え祭ごとに登場しては「天孫降臨の有難み」が薄れはしないかと心配になる。

 だが、こう考えたらどうだろう。

 つまり「豊葦原ナカツ国では御田植えこそが最も重要な行事であり、それは天孫降臨にも匹敵する祭事なのだ。御田植えの祭には祭神が田に降りてくる。それはまさに天孫降臨ならぬ祭神降臨であるから、サルタヒコを必要とする」と。

 この天狗のような「鼻高どん」はぎょっとするほど異様で、道案内と言うよりは「悪霊払い」の役回りと言っていいのかもしれないが・・・。

※写真は『九州民俗芸能ライブラリー・阿蘇神社の御田祭』(平成11年7月28日―発行・九州電力)を放映中に、テレビ画面より撮影。

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コメント

熊日写真展の県議会賞に「宇奈利」というのがありまして、
なんやろかー?
と、思い検索したところでした。

興味深く読ませてもらいました。

投稿: | 2011年11月11日 (金) 09時13分

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