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玉泉寺の藤(鹿屋市吾平町上名)

いま玉泉寺跡の藤が見頃を迎えている。

玉泉寺跡は吾平町の小鹿酒造工場の南東200㍍ほどのシラス崖の下、地下水がこんこんと流れ出る所に開基された「清池山・玉泉寺」の寺域の跡で、現在は公園となって開放されている。416gyokusenjinofuji_001

中福良橋付近jから望む「玉泉寺公園」。

 4月10日頃に植えられた早期米の田園の向こう、真ん中の森の中に公園がある。416gyokusenjinofuji_002

公園口を入るとすぐにうねうねと長く横に伸びた藤が目に飛び込む。

 手前は蓮の池、蓮と藤との間は花菖蒲の一群だ。416gyokusenjinofuji_004

長さ20メートルはあろうか、一房の咲き残しもない完全満開で、 ミツバチやクマバチがせわしげに飛び交っている。416gyokusenjinofuji_006

反対側の池の方から写すと、池の中にも姿を映し出ている。416gyokusenjinofuji_007

池の源は比高20メートルほどの崖の下だ。その出方はちょろちょろなどという生易しいものではない。崖下から出てくるなり、もういっぱしの渓流の音を立てて流れて来る。

 左手に見えるのは最近新設された丸太の階段で、上がっていくと玉泉寺代々の住職の墓と供養塔がある。416gyokusenjinofuji_008

墓と供養塔それにお地蔵さんが一基、都合14基の石造物が立ち並んでいる。

 墓(供養塔)といっても曹洞宗(禅宗)だから質素なもので、丸い部分(無縫塔)に飾りは全く無く、ただ示寂の年月と出家名が刻まれているだけである。

 刻字で分かる最も古いものは「寛保三年」で、これは西暦1743年にあたる。416gyokusenjinofuji_005

池の回遊橋から、寺が建っていたであろう東屋付近の丘を望む。

 玉泉寺は下野国(今の栃木県)の那須にあった「曹洞宗・泉渓寺」の末寺として、応永二年(1395)に建立されたという。

 開基は源翁(げんのう)和尚という人で、70歳の時にはるばるやって来たそうだ。どんな経緯だったかは「吾平町誌」などを見ても分からない。土地の有力者の招きだったろうとは思われるが、誰がどうだったかなどは不明である。なにせあの廃仏毀釈の嵐の中、開基以来470年に及ぶ証拠文書類の一切が灰燼に帰してしまったのだろう。

 今は「玉泉」と名付けられた湧水と、廃寺跡に残された趣のある庭園が、往時を偲ぶよすがとなるばかりである。

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