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あふちの木(鹿屋市西原町・川東町)

万緑の5月。

照葉樹がわが世の春を謳歌している大隅で、落葉樹だけれど、今、負けてはいないぞという木がある。

「あふち」の木だ。現代仮名遣いでは「おうち」だが、「あふち」の方が語呂も見た目もよい。いま、花が真っ盛りである。かわいらしい薄い藤色の小花を群生して付けている。強い光の中では目立たぬ花だが、それもまたよい。512afuchinoki_009

小枝ごとに先端を放射状に広げ、藤に似た葉と、着生ランに似た小花を無数に咲かせている。

レンギョウ、木蓮、吉野桜、八重桜と春の高木の花が一巡した後、やっと出番が来たかと学校や公園で主役を演じている。512afuchinoki_003

鹿屋市の西原小学校(西原町)の校庭では、樹齢100年近いような大きな「あふち」がずらりと並んで花を咲かせていた。512afuchinoki_001

近くの墓地には、新緑鮮やかなシイの間に2本の「あふち」がまざっている。512afuchinoki_002

通りがかりの畑でも、大きな「あふち」の木が、畑の境界を示すが如く立っていた。

 上の学校、墓地、畑にある「あふち」はそれぞれ人が目的を持って植えたに違いないのだが、「あふち」はもともとは自然木なのである。

 この頃は山の方を見ると、鮮やかな万緑の中につつましく花を咲かせているのが眼に入る。そんな「あふち」はなかなか被写体になってくれない。

 ところが、あったのである。何と川岸に。それも2本。512afuchinoki_007

肝属川の左岸に3~40㍍おいて、二本の「あふち」が日差しの真っ只中、風にそよいでいた。

(鹿屋市川東町を流れる肝属川)512afuchinoki_008

高さ8メートルくらいか。この木は植えた物ではなく、自然生だ。

 なぜなら、大きな洪水が来たら根こそぎ持っていかれそうなこんな川岸に植栽するはずはないからだ。

 植栽するならどんな洪水でも安全なもっと土手の上の方にするだろう。512afuchinoki_010

この「あふち」を栴檀(せんだん)と呼び習わしているが、「双葉より芳しい(双葉=子供のころから優れている)」と言われる栴檀は、実は白檀(びゃくだん)のことで、この木のことではない。

 昔の中国で本当は「白檀」だったのを「栴檀」と名付け、その「栴檀」が何を間違ったか日本では「あふち」の木に付会させられ広まってしまった――という。

 一度かぶせられた「ぬれぎぬ」がなかなか解消できないのに似ている。

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