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獅子目ノ滝に行ったけれど・・・(鹿屋市獅子目町)

暑い! けさは朝からよく晴れ、9時過ぎに玄関口の温度計を見ると、もう29度近くなっていた。

 そうだ、あそこに行けば涼しかろう、と「獅子目ノ滝」(仮称)を見に行った。我が家から南へ約5キロ。一番近い滝だ。718takimi_012

獅子目集落の最奥の農村地帯。この左手から住宅裏の山腹をまいて登り、向こう側の谷筋を目指す(奥に見える平らな山頂は横尾岳=426m)。

 手前の畑はタバコで、上部から半分くらいの葉が既に収穫されている。718takimi_011

1キロも行かない所、ちょうど「皇太子殿下御成婚・記念造林碑」が建つあたりに軽トラックが停められ、手前には青いホース。そして、エンジン音が響いていた。

 ホースの先のガードレールまで行き、下を覗くと、ひとりの老人が何やら作業をしている。718takimi_010

―こんにちは!何をしているんですか?

いやあ、水を汲み上げているんだよ。田んぼの水が足らんので。

―そこから上にですか?

そうそう、道路脇の水路まで揚げるんだが、ホースが細(こま)んかでなあ、なかなかじゃ。

 

岩肌から湧き出ている岩清水をいったん青い容器に溜め、そこに吸い込み器を沈めて水を汲み上げる。

 道路まで比高にして10メートルは優にある。ホースは径60ミリほど。エンジンポンプも小型の部類だ。ホースの径の4分の一も出ているかどうかだった。それにしてもそんなに水が少ないのだろうか。しかし、あと300mくらいで着く「獅子目ノ滝」を目の当たりにしたとき、その真実に呆気に取られることになる・・・・・。718takimi_008

これがその「真実」。

いつもなら上の大きな丸い岩の横を豊富な水が白い筋となって落ちているのだが、一見したところ「岩のオブジェ」が姿をさらしているだけだ。

いつもなら激流のはずの下の流れも、水溜りのようにとろとろと流れるだけ。

 ここまで水枯れとは思いもよらなかった。718takimi_003

仕方なく早々に立ち去り、さらに上の「水場」に向かった。せっかく来たのだからおいしい湧き水でも飲まねば・・・。

 滝からさらに林道を上がること500メートル、道路の左手の崖下から水が流れ出ている所がある。

 しかしここも水量が極端に少ない。かねての10分の一といったところか。でも飲む分には十分だ。やれやれ。718takimi_007

 清水を飲んで、横の涼しげな苔の水すだれに目をやると、そこに住みついているサワガニが、水の滴り落ちる苔の間から、のこのこと姿を現した。

 涼しそうだなあ、サワガニ君は――。

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おおすみウォッチング」カテゴリの記事

コメント

こんにちは^^
鹿児島のことを調べていたら行き着きました^^
私は福岡出身で、今は親元を離れ大分で一人暮らしをしている大学生なのですが、春休みにふらっと宮崎・鹿児島に行って以来、南九州がだいすきなんです^^♪♪♪
宮崎も好きですが、どちらかと言うとの方が好きで、そりゃーもう、就職も結婚も鹿児島でしたい(むしろ鹿児島に永住したい)と思うくらいに笑
今ゼミで特攻隊について研究しているので、串良の情報はすごく貴重でありがたかったです。
やはり知覧の方が資料も文献も多く、串良・鹿屋の方が情報が少ないので;

9月後半にまた鹿児島行きますっ♪
またブログ遊びに来るので更新がんばってください^^

投稿: FUMI | 2009年8月27日 (木) 14時11分

FUMIさん、返事が遅れました。

確かに知覧の陸軍特攻隊は、著作も多く知らない人はないくらい有名ですが、それに引き換え鹿屋・串良の海軍特攻隊は知る人ぞ知る程度で、全国的には無名と言っていいくらいです(特攻による死者はこっちのほうが多いのに・・・)。

 その理由の第一は、まず薩摩半島に比べて大隅半島の地の利の悪さが挙げられます。鹿児島の観光ルートに組み込まれている知覧はいやでも人が訪れますが、大隅はそういうわけには行かないのです。

 第二の理由は、鹿屋は今日でも海軍航空基地の後身として海上自衛隊鹿屋航空基地が存続し、立派な「基地史料館」があるのですが、国の施設であり、一般人が利用しづらい面があることです。

 また知覧では鳥浜トメさんのような生き証人が隊員の消息を一生懸命語ってくれたのですが、鹿屋は海軍の軍事施設であり、戦後は一時アメリカ進駐軍の管理下に置かれたため、関係者が口を閉ざさざるを得ない状況が続き、結果として活発な証言がなされないまま今日に到っているようなところがあります。

 海軍特攻隊最大の発進基地であった鹿屋・串良の検証はきちんとなされなければならないと思っています。若いFUMIさんのような人たちの関心をありがたく思います。是非、こちらの研究も進めてください。

投稿: kamodoku | 2009年9月 4日 (金) 23時48分

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