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皆既日食フィーバー

鹿児島の離島で、今世紀最長の皆既日食が見られると喧伝されてきた天体ショー。昨日は鹿屋で午前10時56分頃、厚い雲の少し薄れた隙間から「部分日食」が見えたそうだが、自分は気付かなかった。

 肝腎の最長の皆既時間を観測できるはずの「悪石島」などのトカラ列島は、軒並み曇りまたは雨の悪天候で、鳴り物入りで渡島した人たちには気の毒な結果となった。

 結局、太平洋航路で見たグループと、雲の上の飛行機で見たグループだけが「恩恵」を受けたということらしい。

 それにしても、このフィーバーには疑問が湧く。一言でいえば「お天道様が隠されることが、そんなに見ものなのか」ということだ。

 などと言うと、観測者から「稀な出来事で、一生に一度あるか無いかじゃないか。しかも、あの皆既の神秘さといったら、この世のものとは思われない。素晴しい!」722kaikinisshokunhk_001

昨夜(7月22日)のNHK7:30特集番組より。

 (皆既から少し戻したところで、いわゆるダイアモンド・リング)

 確かに、めったにお目にかかれるシーンではないが・・・。722kaikinisshokunhk_002

月の径と太陽のそれがぴったりと重なる、というのは、地球上のとある一地点では、50年あるいは100年に一度かもしれないが、地球上にあまねく観測点を網羅すれば、10年に一度くらいは見られるはず。

 まして部分日食など、毎年のようにどこかで観測できる。

 「黒い太陽」(黒部の太陽―ではない)は確かに神秘、もしくは不吉であろう。人間業でもないであろう。

 だが、それも日々粛々と行われている太陽系の寸部の狂いの無い運行があってのことだ。むしろ日々の天体運動こそが神秘であり奇跡ではないか。

 そこに宗教性を感じる向きもあるが、「お天道様、明日も出てきておくんなさい」と願う気持ちは誰にもあるはずで、そのことは万国(人類)共通だろう。宗教が絡んでくるとややこしくなるので、こんな素朴な気持ちをそこにいつもある(見えるのは昼間だけだが)太陽に託せば、話は簡単だ。

 人類一緒に「お天道様」に願う(祈る・頼みにする)ことを「共通の原理」にすれば、一番分かりやすい世界平和への道になる。

――閑話休題――

 邪馬台国論の泰斗である安本美典・元産業能率大教授は、ヒミコを「天照大神」になぞらえる説を採り、<アマテラス大神が「天岩戸」に隠れると世は真暗闇となり、手力男神がそこから引っ張り出すと天地は再び明るくなった>という「天岩戸説話」は、ヒミコ時代にあった皆既日食をうまく利用してヒミコの神秘的統治の必然性を演出したものだ・・・・・と考えておられる。

 しかし昨日経験したように、真っ暗になるといってもわずか数分のことである。これが四日も五日も続いた後にようやく真暗闇の恐怖から開放され、それがヒミコの力(祈り)によるものと説明されたら「ヒミコ様はキリスト(救世主)なり」と崇拝されるようになるだろうが、数分の暗闇では誰も狂乱状態などになりはしないだろう。

 したがって「ヒミコ=アマテラス大神説」は成り立たないと思う。第一、もしヒミコがアマテラスなら後継者の宗女「トヨ」は誰であるのか。また、産んだとされる「アメノオシホミミ」以下の五男を誰に比定するのだろうか? それらについては「関係ない」と無視てしまうのだろうか? やはりアマテラスを含む関係者の比定までしておかないと、関係史料の「いいとこ取り」になってしまうだろう。

 誠実な論考で信頼置ける学者だけに残念だ、そこだけは考え直していただけないものか。

 

 

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