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浦上天主堂撤去の「密約」

昨夜のKKB(朝日テレビ)で、「長崎への原爆投下で無残にも破壊され、その残骸が13年もの間さらされていた『浦上天主堂』が、昭和33年に完全撤去されて建て替えられたのは、アメリカと長崎市との間の密約による」という内容の特集が放映された。

 「密約」とは物々しいが、要するにキリスト教国であるアメリカが、よりによってキリスト教徒が多く、教会等の施設も多い長崎市に原爆を投下し「キリスト教を信仰する無辜の民」を殺戮したことが世界に「バレる」のを封じたかった――ということのようである。

 そういう密約があったことを当の長崎市民は知らされていないらしく、多くの市民が不信感を述べていた。

 2個目のリトルボーイを積んだエノラ・ゲイは、軍事施設が多くエネルギー産業も盛んだった福岡県の小倉を第一目標にしていたが、8月9日の投下予定時間帯に小倉が厚い雲に覆われていたため、同じく軍事施設や軍需工場などを抱えている長崎を第二目標(候補)として落としたのであった。

 同じ長崎でも海軍軍港のあった佐世保ではなく、県都でもあり、より人口の多い長崎なら殺傷者数が多く、日本に大きな打撃を与えられると判断しての投下だった。

 その長崎が日本でも稀に見るキリスト信仰の土地であったことを、アメリカ側は知らなかったらしい(いつものことながら、敵を知らぬアメリカよ)。

 『浦上天主堂』の破壊は、神父2名を含む信者数千人の命も奪う結果となり、戦後すぐ「原爆投下は対日戦争の終期を早め、犠牲者を少なくするためだった」というプロパガンダで日本人および世界世論を封じ込めようとしたアメリカにとって、致命傷になりかねなかった。

 長崎市は「戦争の惨禍」を世に伝えるため、残骸のまま残しておきたかったようだが、アメリカ首脳部が撤去を急がせたそうである。<キリスト教を根底に据えた自由主義国アメリカが、いくら自由とはいえ、同じ信仰を貫く長崎のキリスト信者をみすみす焼き殺した>とあっては大国アメリカの名が廃るからだろう。

 あれが『浦上天主堂』でなく、仏教寺院だったり神社であったら、何の音沙汰もなかったろう。現に広島の旧『産業奨励館』(原爆ドーム)には何のお咎めもない。身勝手なものだ。

 日本人には宗教上の差別ないし差別感はほとんどないが、アメリカをはじめとする欧米(列強)では、いまだに「キリスト教こそが上位宗教」といった雰囲気が強い。雰囲気というより「囚われ」と言うべきか。

 日本も戦時中は「皇国主義」に染まりすぎて、朝鮮や台湾などで神社建設と参拝強要に走ってしまったが、といって各地の民俗宗教を弾圧したわけではない(むしろ国内の大本教などへの弾圧が熾烈だった)。

 宗教にはいたって寛容なのが本来の日本人だ。なにしろ日本の古神道には「教祖」がおらず、宗派を興す弟子もいないから「喧々囂々」の宗派論争などとも無縁だ。

 仏陀(シャカムニ)を教祖とする仏教は、公式には「欽明天皇13年(552年)10月」に「百済の聖明王が、釈迦仏の金銅像一体と経論を献じてきた」のが最初の伝来だが、それ以降、仏弟子たちの解釈によりあまたの宗派が生まれ、時には宗論や対立を生んできた。

 神道はそれに巻き込まれて、やれ「本地垂迹」だとか「反本地垂迹」だとかいう争論は起きたが、「いわしの頭も信心から」とか「心こそ誠の道に適うなら」といったように「神ながらの心」が大事(根幹)なのであって、あとは枝葉末節のことと捉える傾向が強い。これこそが世界宗教、いや「世界の心」だろう。

 こういう「世界の心」を持った日本を大切にして行きたい。

 今日は、――不幸にして英米という列強を相手に戦い、敗れはしたが、東洋はじめ多くの植民地と差別されてきた有色人種解放への大きなステップとなった「太平洋戦争」――の終結記念日。未来永劫、人種差別・宗教差別による争いの無いことを願う。

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