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裁判員より政治裁判員を!

鳴り物入りで始まった「裁判員制度」。

きょう東京地裁で、裁判員が臨む初の公判が開かれた。

戦前に一時あった「陪審員制度」、戦後間もないころ開かれたという名前も同じ「裁判員制度」は、いずれも長続きしないで終わった。

 なぜか?結局、適用すべき「法律」が、ややこしいというより解釈上、感情移入がしにくいようにわざと回りくどく、しかも難解な語彙で書かれているからだ。要するに単刀直入ではないので、普通の感情をもった世の人々の共通認識に全くなりえていない――ことが挙げられる。

 さらには、「盗人にも五分の魂」のことわざ通りで、殺人者にもそれなりの理由があるから「無下には極刑は適用できない」という風潮と三審制度が、公判を延々と長引かせている。「災害は忘れたころにやって来る」ではなく、「判決は忘れたころにやっと出る」という「遺族感情を無視した(舐め切った)」公判ののろさが批判され続けてきた。

 以上の経緯から「裁判を分かりやすく、迅速に」をモットーに、裁判員制度が制度化されたわけだが、20歳以上の一般国民なら誰でも裁判員に選ばれたら法廷で人を裁かなければならない――という「義務制」は勇み足だったように思う。

 せめて「登録制」もしくは「志願制」にすればよかったのだ。

 というのは、そもそも裁判に臨むのは「司法試験」に合格したエリートであるわけで、その彼等がなぜ「分かりやすく、迅速に」できなかったのかについての十分な議論はなされていない。おかしいではないか?彼等こそ自白・証拠・証人尋問を取った上での「論点整理」はお手の物ではないか?「論点整理」したうえで、それを「ポイント化」して判決を下せばよいことだろう、感情移入せずに。

 まさか裁判を長引かせて 

 ①極刑を臨む市民感情が和らぐまで待って極刑を出さない ②弁護士とぐるになって「仕事」を確保し続ける

 のではないか・・・。そう勘繰りたくもなるこれまでの裁判であった。

 「論点整理のポイント化による自動判決」を考えて欲しい。

さて、裁判員制度よりもっと役に立つ制度がある。それは「政治裁判員制度」だ。

選挙の時だけ有権者に大騒ぎさせておいて、当選したら知らん顔の政治では「国民主権」が泣く。

「政治裁判員」は当選者の任期中の実績を吟味するのを仕事とする。これには20歳以上の有権者だれが選ばれても差し支えないはずだ。

「政治裁判員」が「裁判員」と紛らわしければ、「政治評定員」とでもすればよいだろう。

 

 

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