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政権選択か国策選択か

8月30日は衆議院議員選挙の投票日。

 今度の選挙は、あの小泉改革の本命「郵政民営化」を問うて行われ、自民党が圧勝した前の選挙とは全くおもむきを変え、民主党圧勝という見出しがメディアを席捲している。

 1955年(昭和30年)に「自由党」と「民主党」が合同して保守磐石の基盤を作り、戦後の政界をリードしてきた自由民主党が、今回大変な危機にさらされている。おそらく民主党優位は動かないだろう。

 民主党が政権をとれば、保守合同の逆の動きが遂行されることになる。しかも今回の立役者が、当時の鳩山、吉田両首脳の孫に当たる人たちなのであるから、歴史は繰り返すと言うべきか、「江戸の仇を、長崎で討つ」と言うべきか、はなはだ興味がある。

 しかし今度の各陣営のマニュフェストに踊る文字はちんまりとしている。特に少子化対策の「子ども手当て」などの「アメ」には閉口させられる。

 消費税を上げなければ資金の目途はつくまいに、民主党は「無駄を省けばよい」の一点張りだ。

 そもそも日本の「少子化」の原因は、「女も経済的自立を得てはじめて男女平等になるのだから、勉強して立派なキャリアウーマンにならなければならぬ」「子どもなど産んでいたら仕事上、男に遅れをとるから産まないほうがよい」というような戦後の浅はかな風潮にあったことを思い出さないといけない。

 今回、そのような視点で訴えている政党がなかったのは残念だ。

 女は唯一、男には逆立ちをしてもできないものを持っている。それが「子産み(お産)」だ。女の「お産」がなくなったら、人類は地球上からいなくなる。極論だが、真実だろう。

 「お産」を甘く見るな、子育てを甘く見るな。皆、そこを通って今があるではないか。

 先日のNHKの番組「心に残る歌謡曲」で、何が一番歌われていたかというと、「母」にまつわる歌だったのは、そのことを裏付けている。

 中でも二葉あき子の『岸壁の母』には泣けた。自分には無縁の出来事を歌っているのだが、「母の子を想う気持ちの純粋さ」に泣かされた。(誰か英語に訳して、世界中で歌うようにしてもらえぬものか・・・。この歌を聴いていたら、戦争をしようなどという気は起こらないに違いない)

 政権選択もいいが、国策(国家のビジョン)こそが大切で、日本は世界にどう貢献したいのかを明確に宣言してもらいたいものだ。

 歴史的に見ると、日本の特質は「融合」「融和」と言うに尽きる。何でも取り入れて自家薬籠中のものにしてしまう能力は際立っている。アメリカが人種の坩堝なら、日本は文化の坩堝だろう。音楽、絵画、文学そして宗教までもが、日本文化の基層に融合させられている。こんな国はそうざらにはない。

 外に向かって「融合」「融和」の旗印を掲げて、世界平和のために邁進することのできる国は日本をおいて他にない。政権のたらいまわしより、ここは大同小異で連携し、そのビジョンを遂行して欲しい。

 

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