浜田海水浴場(鹿屋市浜田町)
台湾へ上陸した台風8号の遠い影響か、日が差したり曇ったり、今にも雨が降り出しそうになったりと妙な天気だ。湿度が高いので、家の中で少し動いても汗をかく。
昼飯に残り物のおかずでと思い、冷蔵庫を覗くと「なめこパック」があった。急になめこ汁が食べ(飲み)たくなり、高校野球をちらほら見ながら、鍋を用意して作ってみた。われながら「グー!」な出来栄えであった。
しかしふうふう言いながら飲み終えると、汗だくになってしまった。それで高校野球の第一試合「常総学院対九州国際大付属」で、九州国際大付属が勝ったのを見届けてから、海水浴に行くことにした。
浜田海水浴場は、わが家から15分ほどの錦江湾(鹿児島湾)沿いにある。
今では珍しい黒松が海岸に沿って2~300メートルは立ち並ぶ、昔なつかしい海水浴場だ。
北の方の湾曲した部分には「高須海水浴場」もある。車で5分もあれば行ける。
よく見ると、海に突き出た岬の付け根のはるか向こうに、桜島が望まれる。南岳の噴煙が頂上を覆っているようだ。
西の薩摩半島に目をやると、開聞岳が美しい。
その右の台形の島は指宿の「知林ヶ島」で、干潮時には砂州で陸続きになることで知られている。
帰省客が多いのか、単に土曜日だからか、結構な人の出だ。5,60人はいるだろう。
これで多い方、と聞いたら湘南ボーイは「ひったまがる」(驚く)に違いない。
夏休みとはいえ、週日だったら、まず15,6人が関の山だ。
一時間ばかり、泳いだり、ぷかぷか浮いたり、時には規制ブイ近くまで泳いできた子どもに注意したり、とすっかり汗もひいたところで、松林に上がった。湯加減(?)はちょうどよく、塩湯の冷泉に入ったような気分だ。
帰りに浜田地区の田んぼ地帯を通ると、ちょうど脱穀をしている光景に出くわした。
農家の人は知るまいが、この田園地帯、1000年以上昔は「潟湖(ラグーン)」だった。
さっきの黒松の海岸が波よけとなるうえ、浅いので、船を係留するには絶好の場所だったのだ。
ここで船を捨て、向こうの7~80メートルの丘を越えると、そこは「大姶良平野」であり、南北朝時代の攻防の城「大姶良城」が築かれていた。
島津家第6代氏久(陸奥守)の居城であり、子の第7代元久はそこで生まれている。
ハーベスター(脱穀機)を操る田んぼの主に聞くと「早期米の実入り(収量)はまずまず」とのこと。
盆の帰省者には、さっそくこの新米がふるまわれることだろう。
| 固定リンク
「おおすみウォッチング」カテゴリの記事
- 雄川の滝(2018.06.26)
- 鬼界カルデラが再噴火?(2018.06.01)
- 吾平神野の春(2018.04.19)
- 鯉のぼり(2018.04.09)
- ソメイヨシノの開花(2018.03.17)
コメント