熊襲・隼人シンポジウム(黎明館)
鹿児島市の黎明館で開催中の『古代のロマン~三内丸山vs上野原』の案内チラシに24日(土)「熊襲・隼人の時代を語る」というシンポジウムがあったので出かけてみた。
桜島フェリーに行く道中で目の当たりにする桜島は、ずうっと灰を噴き出していた。
垂水市の早崎大橋から望む桜島。
折からの北寄りの強い風で、灰は南へ流れていた。これはちょっとまずいな、と思った。何となれば、桜島港へはまさに桜島の南側の道路を通って行くからだ。
「有村熔岩展望所」まで走った。ここはもう桜島の南部だが、噴煙はやって来ていなかったので、ほっとした。時間は十分あるので、珍しく降りて、展望所を歩いてみる。
展望所の最高点には高野素十の句碑があったのだった。
初蝶の 熔岩につき当たり つき当たり
という句だが、初蝶とは春になって初めて目にする蝶だろうが、その初蝶が「熔岩につき当たりながら飛んでいる」という風景は、思い描きにくい。場違いに過ぎる。・・・それがかえってこの句の狙いなのか。
確かに、逆に桜島の持つ荒々しさと原始の無骨さが、可憐な蝶を配する事によって、より一層際立ってくる。――「熔岩」をここでは「ラバ」と読む。
途中、東桜島町あたりで降灰に遭ったが、さほどのこともなく無事フェリーに乗り込み、鹿児島の桜島桟橋まで15分。
桟橋を出て、黎明館のある鶴丸城跡まで歩く。10分ちょっとで着く。歩いて黎明館に来たのは初めてというわけで、東側の西郷さんが最期を迎えた「岩崎谷」に通じる道路沿いに行ってみた(写真の右手の道路)。
東入り口のすぐ上に以前はなかった(と思う)薩摩義士前バス停と観光スポットの案内表示があった。
向こうに見える石灯籠の階段を上がった所には、江戸時代の宝暦年間に、遠く岐阜の木曽川・長良川分水工事に幕府厳命の「お手伝い普請」として駆り出され、向こうで命を落とした「義士」が50数名祭られている(ただし石塔のみ。実際の墓は向こうのいくつかの寺に分かれて存在する)。
まずは黎明館の2階で開催されている「三内丸山遺跡と上野原遺跡」の比較展示をゆっくりと時間を掛けて見た。
三内丸山は縄文中期(4000~5000前)であり、上野原は縄文早期(7000~10000前)で、時代はかみ合わないのだが、ともに比較的新しく発見されてその古さ・巨大さ・先進さが耳目を集め、即座に国指定の遺跡になったという似た経緯がある。
また、たまたまどちらも日本列島の最辺縁部に位置するという共通点もある。
遺物の点ではやはり上野原遺跡の「縄文早期の先進性」が際立っている。
何しろ縄文早期の7500年前にすでに「壺(型土器)」が作られていたのだ。
写真は右が上野原と同じ7500年前のもの。宮崎県でも出ている。左は栃木県で明治大学の調査で発掘された2100年前(弥生中期)の壺(優品で重要文化財だそうだ)。
とても5000年古いようには見えないのが、上野原を代表とする土器群だ。唖然とする他ない。桜島と硫黄島起源の降灰の堆積のおかげで年代が明確になり、南九州の縄文時代の先進性が明らかになったが、同時にこの降灰こそが弥生時代になって米作りを滞らせた主な原因であり、ために南九州が「遅れた野蛮な熊襲の国」として「記紀」で貶められる元になってしまったのは、まさに歴史的な皮肉というほかない。(館内は撮影禁止ということで、上の写真はチラシから写し撮ったもの)
午後1時半からのシンポジウムの登壇者は、写真向かって左の二人目が隼人研究の第一人者・中村明蔵氏、右へ考古学者の橋本達也氏、そして埋蔵文化財センター次長の池畑耕一氏で、まずそれぞれ20分ずつ持論を展開したあと、会場参加者の質問用紙に基づいて発言がなされた(左端は司会者の永山修一氏)。
中村氏のは図表を交えた説明が多く、数々の著作も読んでいるので分かり易かったが、橋本氏のは「南九州に特有の地下式古墳を隼人・熊襲の古墳とし、前方後円墳は畿内からの派遣統治者のもの、と色分けするのはこれまでの発掘の結果から見ておかしい。これからの古墳研究に熊襲・隼人という概念は必要ない」というもので、これにはやや驚かされた。
シンポジウム後の茶話会でも、橋本先生はそう強調していたが、「熊襲はどうもいかんが、隼人はいい」などと洗脳(?)されて来た歴史愛好家には耳が痛いかもしれない。
センター次長の池畑氏は発掘の専門家として鹿児島のあらゆる埋蔵文化に通じている人だが、今回は奈良時代以降の役所・官道・木簡などに限定して話を展開していた。橋本氏の南九州古墳研究への上述の提言をどう思っているのか、もう少し聞きたいところだった。
なにしろ時間が少なかったように思う。三人の専門的な講演をそれぞれ別個の日に設け、その上で改めてシンポジウムを開催することはできなかったのだろうか・・・。でも、今日はその糸口だったのだと思えばよいかもしれない。
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