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『行幸記念碑』(鹿屋市吾平町吾平山陵)

吾平山陵の参道入口から50㍍ほどで山陵の案内板があり、そこから橋を渡って行くと山陵への長い参道だが、橋の手前左側に周りに小さな花崗岩の柵をめぐらせた石碑が建っている。22220gyoukoukinenhi_001 『行幸記念碑』と書かれた異様に赤味がかった石碑だが、その正面の字(題字)は「公爵 島津忠重」が書いている。忠重は島津藩最後の殿様・第29代忠義の子で、30代の島津家当主であった。

 行幸とは「天皇自らお出ましになる」ということで、それなら戦後は天皇は植樹祭だ、国体だと一年のうちに何度も各地へお出でになるから、何と仰々しい石碑かと思われるかもしれないが、この碑は戦前の昭和11年に建てられたものである。

 この碑の裏に、なぜ建てられたか、の由緒がつづられ掘り込まれている。

22220gyoukoukinenhi_005  それによると、昭和天皇は昭和10年11月9,10日にわたって行われた宮崎・鹿児島における「陸軍特別大演習」に元帥として統監され、終了後の18日にこの吾平山陵に参拝されている(御親拝)。明治維新後、大日本帝国憲法の下にあって、天皇は「神聖にして侵すべから」ざる存在であるとともに「陸海軍の総司令官(大元帥)」でもあった。

 白馬に跨り、元帥服を身に纏った若き天皇は、軍人の崇敬の的でもあった(今の北朝鮮の”将軍様”が、その残影かもしれない)。その天皇が「わが皇祖の墳墓」ということで参拝されたのである。その時、いわゆる「山陵道路」(国鉄大隅線・吾平駅前から山陵までの、当時としては広い道路)が、突貫工事で造成された、と聞く。22220gyoukoukinenhi_006  この碑文を撰進したのは「従五位・勲六等 池田俊彦」で、長く中央官僚として令名を馳せた人。今、手元で読んでいる『永田良吉伝』によれば、永田良吉(元衆議院議員・鹿屋市長)の長兄と並んで旧大姶良村が生んだ秀才の双璧だったようである。

 さて、碑文によれば、明治天皇即位の5年目、天皇は特使をこの山陵に遣わし、さらに明治40年にも、鹿児島県内にある可愛山陵・高屋山陵とともにそれぞれ勅使が代参している。その後も、皇太子による「行啓」があった。

 しかし、天皇自らの参拝、すなわち「行幸」は他の二山陵を差し置いて、この吾平山陵だけなのであり、これは特筆しなければなるまい。

 碑文の最後の方には、辺民(辺地に暮らす民百姓)が「天顔」を拝する機会を与えられて、大いに「仁澤(じんたく=温かな恩恵に浴する)」を得て喜ばしい――というような内容が書かれているが、昭和10年当時はまだ天皇の真顔を直接見ることができたようだ。その後、大政翼賛会の成立を経て、天皇は雲の上の「現人神(あらひとがみ)」に祀り上げられ、一般人は見てはならぬ存在と化してしまったわけである。

 大東亜(東および東南アジア)解放の「聖戦遂行のため」とはいいながら、あまりに神がかり的な発想であった。ために当時の「国民小学校」の児童たちは、「御真影」に頭を下げ、教育勅語と歴代天皇名の暗唱に励まされた、という。

 私的なことだが、妻の祖父は当時同じ吾平町内の下名国民小学校の校長をしており、天皇行幸に付き従ったことと、生徒たちに神がかりな天皇の存在、すなわち民主主義とは相容れない「皇国民教育」を施した責任者ということで「公職追放」にあい、戦後は教育現場に戻ることはできなかった。22220gyoukoukinenhi_011    内容の穿鑿はそれくらいにし、この石碑がなぜこんなに赤味がかっているのか、その理由を付しておこう。

 それは、前を流れる姶良川にある。というのもこの石碑、平成2年にこの川の川底から再発見されたものなのである。その年に見てのとおり石積みの護岸・親水工事に取り掛かっていたところ、川の土砂の中からこの石碑が見つかった。

 石碑が建てられたのは、昭和天皇行幸の1年後の昭和11年11月。ところがその2年後の昭和13年(1938)10月に、大隅地方は台風の襲来を受け、未曾有の大水害をこうむったのであった。大隅全域で、死者が450名出たというから、近代最悪の被害と言ってよい。その時の洪水は吾平川河岸にあったこの碑をも、海の藻屑ならぬ<川の土砂屑>にしてしまった。

 それから実に52年経った平成2年(1990)に、石碑は再び日の目を見ることになった。その間、鉄分を含んだ河水にずっとさらされていたため、このように赤くなってしまったのだ。碑に付着した赤さびは、いわば「近代大隅史上最大のあの昭和13年大水害を忘れるなかれ」という教訓を今に物語る色なのである。

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コメント

始めまして^^めちゃくちゃ詳しく載っていてビックリしました!
色々参考になります。

また訪問します!

投稿: のんべえ | 2015年5月19日 (火) 22時50分

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