« 懐かしき友たち(真鶴温泉と三島)② | トップページ | 猫を拾う »

横瀬古墳(曽於郡大崎町)

 大崎町にある「横瀬古墳」は鹿児島県下でもその優美な姿で知られている。

 全長は正味が118メートル、周濠も含めれば148メートルを数える有数の古墳である。22528yokosekofun_017  古墳の西側200メートルくらい離れた田んぼから見た全景。左が後円部、右の樹林のあるのが前方部。22528yokosekofun_002 南に回って眺めた前方部。墳丘の左手には赤い鳥居がかすかに見える。また右端に見えるのは焼酎メーカーの「新平酒造」の工場。土地の人は「しんぴら酒造」と呼んでいる。22528yokosekofun_018  左手に見えた赤い鳥居。「加茂神社」の入り口。22528yokosekofun_005  鳥居からまっすぐ30メートルほどの所に石の祠がある。祠自体に刻字はない。造られたのはそう古くないようだ。22528yokosekofun_006  祠の左手から前方部に登る。比高にして8メートルくらいだ。頂上には何もないが、周りには自然植生がこんもりしている。22528yokosekofun_008  前方部からくびれ部分を通って後円部に上がると何にもないのだが、少しへこんだ部分があり、竪穴石室の蓋だったらしい一枚の石が顔をのぞかせていた。(石の向こうに見えるのは新平酒造工場)22528yokosekofun_010  後円部から前方部の右手(西側)を振り返る。コンクリート造りの建物は「大崎町立大丸保育園」。写真ではよく判らないが、古墳のスロープは二段になっている。22528yokosekofun_013  北西に延びる道路から見た後円部。白い看板は「史跡 横瀬古墳」案内板。そのすぐ後ろの左手に昭和38年に建てられた古墳の石碑が見える。

 説明によると、後円部の頂上の竪穴石室には「鉄製の鎧、剣」などがあったという。近年の調査では周濠が確認され、墳丘の上には埴輪が並べられていたという。また、「伽耶式土器」も発見されており、この古墳の主と大和王権、伽耶王権との関係やいかにという課題が生じている。

 私見では、前方部下の加茂神社の存在を看過しえず、この古墳の主は「加茂(鴨)」系ではないだろうかとの疑いを持つ。

 もし加茂神社との関係ありとしたら、この古墳の主は加茂族の一員であり、『山城風土記逸文』に登場する「カモタケツヌミ」との関係を思わざるを得ない。

 ・カモタケツヌミの素性についてはhttp://kamodoku.dee.cc/tousensetuwa1.htmlを参照。

鹿児島の巨大古墳は志布志湾を囲むように、北から「飯盛山古墳」「神領古墳群」「横瀬古墳」「岡崎古墳群」「唐仁古墳群」「塚崎古墳群」と点在しているが、その古墳主はいずれも分かっていない。

 ただ、古墳群の近くには神社が同じように点在しており、その関連性が考えられる。

  飯盛山古墳(志布志市夏井)・・・神社は不明。

  神領古墳群(大崎町神領)・・・・都万神社(祭神:コノハナサクヤヒメとコトシロヌシ

  横瀬古墳(大崎町エザイ町)・・・加茂神社(祭神:カモタケツヌミ

  岡崎古墳群(鹿屋市串良町岡崎)・・・事代主神社(祭神:コトシロヌシ

  唐仁古墳群(東串良町新川西)・・・大塚神社(祭神:オオナムチ

  塚崎古墳群(肝付町塚崎)・・・大塚神社(祭神:唐仁の大塚神社祭神オオナムチの母神という伝承がある)

 飯盛山古墳については不明だが、あとの太字の祭神は、カモタケツヌミ以外はいわゆる出雲神話に登場する出雲系の神々だが、『先代旧事本紀』によると「鴨族」と「出雲族」とは非常に近い関係にあることが分かっている。

 南九州土着の鴨族はコトシロヌシ同様「海洋的な種族」であり、志布志湾岸にコトシロヌシが多く祭られているのは、鴨族と出雲族の海洋的なすなわち海につながる親縁関係を表明していると見たい。

|

« 懐かしき友たち(真鶴温泉と三島)② | トップページ | 猫を拾う »

おおすみウォッチング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 懐かしき友たち(真鶴温泉と三島)② | トップページ | 猫を拾う »