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鳩山首相の退陣

 一昨日、6月3日付けで鳩山由紀夫総理大臣が退陣することになった。翌4日の民主党両院議員総会で行われた選挙で、菅直人副総理が新しい党首となった。

 東京工業大学という工業大学出身では初めての総理大臣。(因みに理工系では、前総理の鳩山由紀夫は東大工学部出身である)

 現代の工業技術、中でも環境工学、情報工学などは時代の先端を行っており、これ等の技術無くしては現代に未来はないだろう、くらいに言われている。国のトップに与る人材としては想定内というべきだろう。

 私としては民主党の誰が党首になっても構わない。

 民主党が自民党政権と違うのは、アメリカへのスタンスの置き方である。

 自民党政権では、何だかんだ言っても、常に「アメリカ様のご意向やいかに」・・・が覆いかぶさっていた。つまり、アメリカに対して自由に物申すことはタブーだった。

 そのわけは、日本がアメリカとの戦争(太平洋戦争)に負けたからである。

 アメリカは日本が無条件降伏したことをいいことに、片務的な同盟(日米安全保障条約)を結び、今日まで日本列島に基地を設け「日本の安全を守るため」としながら、事実上は占領政策を延長してきた。

 戦後生まれの私などは、「アメリカが自由と民主主義を与えてくれた」「食糧難で困っている時に、小麦粉や脱脂粉乳を与えてくれた」何と大きな心の持ち主のアメリカ――というような教え方をされた。

 ところが、あの頃のアメリカは、黒人には自由など与えていなかった。そのことは去年の1月、アメリカ史上初の黒人大統領バラク・オバマが大統領就任演説で指摘している。黒人のみならず有色人種にはかなりの制限を設けていたのも事実であり、決してあらゆる人種に対して「自由と民主主義」など許してはいなかった。アメリカも自由とは程遠い束縛の中にあったのである。

 そもそも日本が欧米大国の双頭イギリスとアメリカに対し、なにゆえ戦争を仕掛けたのだろうか?

 それは欧米諸国の植民地主義と有色人種に対する差別への叛旗だったのである。決して戦後言われているような「日本は軍国主義一色となり、無謀な・愚か極まりない戦争を始めたがゆえにコテンパンにのされた」わけではない。

 こう言うと「負け犬の遠吠え」と取る向きもあろうが、それは誤りである。

 第一次世界大戦終了後に開かれた「ベルサイユ講和会議」の最終段階で国際連盟の設立を訴えたアメリカ大統領ウッドロー・ウィルソンが議長となって開催された会議の中で、日本代表の西園寺公望に次ぐ牧野伸顕(まきののぶあき=実父は大久保利通)はその流暢な英語で「もう人種差別は止めようではないか」という提案を議題にのせた。

 参加国の採決では賛成多数であったのだが、ウィルソンは「この議題は多数決ではなく、全会一致でなければならない」と無理やり宣言し、議場から去ってしまったのである。明らかにウィルソンの負けだ。牧野は、今日ではごく当たり前の理念を先取りしていたことになる。

 国際連盟を提唱し、「国際民主主義と自由主義」を標榜したかに見えるウィルソンだったが、事実は「有色人種など対等に扱うわけがない」というアメリカや欧米列強の本音を代弁する人物だったのだ。

 そのような欧米中心主義に挑んだのが有色人種では唯一日本だった。私は太平洋戦争で日本は「肉を切らせて、骨を斬る」という格言を、結果としては実行したのだろう、とみている。それはどういうことか・・・。

 つまり、日本はたとえ敗れ(肉を切られ)ても「欧米中心主義による有色人種差別」という「骨組み」を打破する(骨を斬る)ことに一役も二役もかったのである。

 自民党政権下では以上のような考えは抹殺された。日本はひたすら「国際平和と秩序を破ったばかげた国」のレッテルを貼られたままだった。自民党の良識がこのように言っても、マスコミがすぐに「あの愚かな戦争を肯定するばかげた意見」というふうに取り上げて二の句を継がせなかった。

 今度政権交代し、アメリカに対して「普天間基地は最低でも県外、できれば国外に移したい」と堂々と披瀝することができたのは評価できる。自民党ではこうは言えまい。

 戦後65年。いくら対米戦争に負けたからといって、米軍のかくも盛大なプレゼンスはもういい加減になくしたい。日本は日本人が守るのが正当というものだろう。アメリカ軍の代わりに「国連軍」は受け入れてもいいが・・・。

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