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高隈山登山 ② (鹿屋市)

 一週間前に続き、還暦富士登山のトレーニングを兼ねた高隈への山行。

 今度も午後からの出発だった。昼前の11時半頃、夕立のような雨が15分ほど降り、山行は危ぶまれたが、間もなく晴れ間が広がり、梅雨明けを思わせる好天になってきたので、昼過ぎから出かけた。

 因みに、全国的には南は沖縄・奄美、北は東北地方まで梅雨が明けたというのに、南九州はまだ梅雨明け宣言が出ていない。(このことを思い知らされた今度の登山だった・・・)

 コースは先週と同じだが、時間があれば御岳を越えて妻岳までと思い、結局、その通りになったのだが、またしてもテレビ中継所あたりで雨に見舞われてしまった・・・。22718takakumatozan2_002  御岳山頂。14時35分着。

 途中は先週と同じなので省略したが、違いがひとつあった。それは先行の登山者が2組(単独と二人連れ)あったこと。2組は別々の登山者だが、どちらももう登山を済ませて降りてくるところで、登山口ですれ違った。

 御岳山頂までちょうど1時間の行程。これから妻岳へは小1時間だが、やや体がきつく感じていたので、迷ったが、無理なら途中で引き返せばよいと思い行くことにした。22718takakumatozan2_003  御岳からは標高差にして200mくらい下ると、しばらくは尾根上でありながら好もしい林間の小径を歩く。向こうは霞んでいる。どうやら雲の中を歩いているらしい。22718takakumatozan2_004  20分余りで妻岳(1146m)とスマン峠・大箆柄岳(1236m)との分岐点。向こうの<34>という数字の看板の左手を登ると妻岳。右手を行くとスマン峠から高隈最高峰の大箆柄岳へ至る。(道標に1時間40分かかるとある。)22718takakumatozan2_006  妻岳山頂。鹿屋営林署が立てた木の標柱があり、その横に「妻岳・1145㍍」と消えそうな字でわずかに判明するが、他に看板などはない。

 妻岳で驚くのは、高隈山を遠方から眺めた時、もっともピラミッド風に尖がっており、まるで槍ヶ岳の穂先のように見えるのだが、登ってみると全く岩山ではないことだ。

 さっきの分岐からの急勾配の登りも、途中に大きな岩などは無く、木立の中の土の道だし、山頂も見たとおり木立に覆われている。ただ山頂の広さは尖がりピークにふさわしく、せいぜい直径が15メートル位の円形でしかない。御岳や他のピークと同様、風雨に晒されてきただろうに、この違いは不思議である。高隈山七不思議の(というのがあれば)まず筆頭だろう。22718takakumatozan2_005  山頂の北側にある石の祠。相当に古そうだ。江戸時代の『三国名勝図会』によると、高隈山全体は修験の霊場で、ここは「須磨嶽」としてある。「須磨」の意味はおそらく仏教の想像上の霊地「須彌山」から来ているのだろうが、それを今は「妻」に代えて流布している。  15時15分着。

 帰りは同じ道を引き返す。

 御岳への標高差200m近い登り返しはきつかった。何度足を止めて小休止したか知れない。山頂に着くと、強い風に霧(雲)が流されまくっていた。(この頃、標高の低い林道ではかなりの雨になっていたようだ。)

 8合目の水場は有難かった。

 順調に下りて行ったが、ちょうどテレビ中継所の登り返しの途中から、霧が雨に変わった。先週と全く同じだ。でも、先週の降りほどではないので、そのまま下山した。登山口に着くまでの15分が、無限に続くかと思われるほど長かった。やれやれ。 16時50分着。

 

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