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象嵌装大刀が鹿屋市で発見される(鹿屋市吾平町)

22902airanakaokofunzougantati_001_2  南九州では熊本の江田船山古墳から出土した銀象嵌の「鉄剣銘」が有名だが、今年、鹿屋市の吾平町「中尾地下式横穴古墳群」の6号墳から15年ほど前に発掘されていた大刀(たち=全長72センチ)に、銀の象嵌で「心葉形」文様が刻み込まれていることが分かり、8月30日に公表された。

 大刀はほぼ直刀で、柄から先端までの全長は72センチだが、刻まれていた場所は「鍔(つば)」と「柄頭(つかがしら)」および「はばき(つばを固定する部分)」である。

 写真は8月31日付の南日本新聞から転載した。(注:「ゾウガン」の正式字は「象嵌」だが、常用漢字では「象眼」と書くのが通例)

 大刀は見事にさびに覆われていたが、さびを落とさずにレントゲン(CTスキャン)で象嵌が浮かび上がった。 22902airanakaokofunzougantati_003  ハートの形に似ていることからこの文様は「心葉形文」と呼ばれている。銀の象嵌細工で鹿児島県の古墳から発見された初の象嵌装大刀であるという。

 以下、8月31日付の南日本新聞記事から抜粋する(括弧部分は引用者による)。

 『市教委によると、大刀は長さ72㌢、幅3㌢。(地下式横穴墳内部に)大人の人骨3体の頭部付近に、鉄剣、鉄刀とともに置かれていた。発掘当時は厚いさびに覆われて文様は分からず、2006年のレントゲン撮影で柄頭部分に半円文様の象眼があることが判明した。

 さびの磨き出しをして今年3月、九州国立博物館のCTスキャンで撮影したところ、柄頭の半円文様とともに、つばの両面と刀を固定するはばき部分にも心葉形文がはっきりと写し出された。心葉形文は、羽を広げた鳳凰を簡略化した図形とされる。

   (中略)

 当時、南九州に象眼技術はなかったとされ、県立埋蔵文化センターの中村耕治次長は「中央との交流で持ち込まれたと考えられる。権力の象徴として有力者が持っていたと思われ、大隅地方に有力者がいたといわれる裏付けとなる貴重な発見」と話す。今後、九州国立博物館でさらに詳しく調べる予定。・・・』

 中尾古墳群は、吾平町の中心部を過ぎ吾平中学校から吾平山陵に向かって台地を上り切った所にある町営グラウンドから、さらに1キロほど山陵に近い道路の左手にある(現在は埋め戻されて古墳群は全く確認できない)。

 中尾古墳群からは台地の下を流れる姶良川も、その周囲に広がる田園も、全く見ることはできない。一般的には王者クラスの陵墓なら、おおむね自分が切り開いたかあるいは支配していた田園の眺められる所に墓を築くものだが、この古墳群はそうではないようだ。

 それなのに王者クラスの副葬品としてもおかしくはないこんなにも貴重な大刀が、なんの変哲もない場所に造られた地下式古墳の主に副葬されていたということは、古墳時代以前の大隅地方がいかに先進地であったかの証拠となろう。

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