琉球舞踊(鹿屋市文化祭にて)
鹿屋市の文化祭(10月30日~11月3日)で琉球舞踊が踊られると聞いて、鹿屋市文化会館に見に行った。 鹿屋市保健センターのある北田公園の信号を山手に向かって上ったところに文化会館はある。
中学生が2人、急坂を自転車をこいで上っているが、この坂は実は空堀で、右手の崖の上が鹿屋城址である。この城は鎌倉時代前期に築城されたという。周囲2キロのかなりの規模の城跡だ。肝付氏の一族「鹿屋氏」の居城であっが、島津氏に降伏後、江戸幕府の「一国一城令」によって廃城になった。
鹿屋市文化会館は、空堀を上り詰めた高台、鹿屋城跡の一部だった場所に建てられている。
琉球舞踊は最後から3番目とかで、3時近くに入場しようとすると、早々と帰りはじめる人たちがいた。
鹿屋で琉球舞踊の会は二つしかない。そのうちのひとつが今回演じている。 折りよく、入場してから3番目に琉球舞踊が始まった。サンシン(三線)の演者は2名。
「秋の踊り」という演目。
次は二人のうち若い方の人による独奏。演目は「月の美しゃ(つきぬかいしゃ)」。満月の前の十三夜くらいが最も美しい。それは人も同じで、成熟する少し前の、女で言えば16,7歳の頃が、一番清らかで美しいというような内容の曲。
最後の演目は「黒島口節(くるしまくちぶし)」。黒島育ちの女衆が浜に出て楽しげに踊る内容。踊り手の平均年齢は60歳近いと思うが、みなよく動き回り、素朴な中に明るさが強調された踊りであった。
琉球舞踊の本命は何と言っても古典舞踊だが、このような激しい明るい踊りもいいものである。
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