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立小野堀遺跡・田原迫ノ上遺跡(鹿屋市串良町細山田)

 今日、12月4日、鹿屋市串良町の細山田で見つかった「立小野堀遺跡および田原迫ノ上遺跡」の説明会に出かけた。

 この遺跡群は東回り九州自動車道建設に伴う埋蔵文化財調査で発見された古墳時代の南九州独自の「地下式横穴墓」が中心の遺跡、それと弥生時代・縄文時代の遺跡である。221204hosoyamadaiseki_001  現場はシラス台地の上で、周囲を見回しても畑、畑、畑の田園地帯で、北西の方角には高隈山系がくっきりと浮かんで見える。

 10時から始まった説明会の冒頭、埋蔵文化財センターの係員が「古墳時代の遺跡と、弥生時代以前の遺跡が近接し、同じ日に両方の説明会を開催するのは初めて」と言っていたのが印象的だった。

 時代は500年ほどの差があって噛み合わないのだが、どちらも同じ南九州人の残した遺跡であることに変わりはない。221204hosoyamadaiseki_002  上の曽於財部インターチェンジから鹿屋串良インターチェンジまでにも天神段遺跡をはじめ数多くが発見されているが、鹿屋串良インターから右手の大崎インター、志布志インターまでの間には17もの遺跡が予備調査で確認されている。ほぼ1キロごとに遺跡があると言っても差し支えない。221204hosoyamadaiseki_003  立小野堀遺跡では96の遺構が見つかり、そのうち56が地下式横穴墓であることが分かっている。

 完全調査はまだまだ3箇所くらいしか済んでいないというが、ひとつの地下式から鉄の矢じりが2本出土している。221204hosoyamadaiseki_004  また、地下式と地下式の間の空間から「初期須恵器」が1個体分見つかった。このことからこの立小野遺跡の地下式横穴墓群の形成年代が5世紀前半であるということが言えるようである。

 残りの50を超える地下式横穴墓の発掘が終わったとき、どのような副葬品が現れるか楽しみな古墳群だ。221204hosoyamadaiseki_005  50メートルくらいしか離れていない「田原迫ノ上遺跡」からは弥生時代中期の住居跡が2基検出されている。

 また縄文時代の矢じりなどの石器も出土した。矢じりうちの2点は黒曜石製のようである。先日開催された垂水市の柊原貝塚でも黒曜石の鏃が発見されたが、70パーセントは鹿児島市吉野町竜ヶ水の産だが、15パーセントは佐賀県伊万里市の腰岳産であることが分かっている。

 この鏃はいったいどこの出土なのであろうか? 興味は尽きない。

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