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古墳と宇宙(曽於郡大崎町と鹿児島市)

 12月11日は得難い体験をした。1500年前の古墳の説明会と、中世末期の古文書講座を受け、さらにあのイトカワ極小惑星に着陸し、あしかけ7年の歳月をかけて地球に帰還した探索機「はやぶさ」のカプセルの展示を見に行ったのである。

 古代から中世へ、そして現代の最先端の分野まで、一日のうちに観察、解読、見学と最高に充実した一日となった。

 このところ毎週のようにある古代前史の考古学的発見の最後になったのが、曽於郡大崎町の神領(じんりょう)地区にある「飯隈(いくま)古墳群」の一部をなす「鷲塚古墳」の発掘調査の説明会であった。

 鷲塚とは神領地区(大字)の中の小字地名で、ここに高塚(円墳)が3基と、地下式横穴墓という南九州の東半分に見られる独特の墳墓が10基あることが分かり、今、ようやく考古学という科学のメスが入れられようとしている地域である。221211kodaitouchuu_001  遺跡の全景。9時半ごろ行くと、もう受付を始めていた。

 左右に広がる小高い丘全体と、その中腹(スロープ)に高塚3基と地下式横穴墓10基が眠っている。221211kodaitouchuu_002  2基の地下式横穴墓の周辺から、祭祀に使ったと思われる土器が発見された。5世紀半ば位の物だという。221211kodaitouchuu_003  長方形に長く掘りぬいた場所で、この丘全体を覆う地層の説明があった。

 深さ1メートル余りの断面で、上の黒々とした部分は植物が何千年もの間に腐って出来た「腐植土」であり、下のオレンジ色の地層は、今から6500年ほど前に噴火した南海の鬼界カルデラ由来の火山灰で鹿児島では通称「アカホヤ」(火山灰)と呼ばれている。

 地下式横穴墓はこのアカホヤの地層を天井にして掘られているのがほとんどであるという。アカホヤ層はかなり固いらしい。また、この明るい色も墓としては好まれたのかもしれない。221211kodaitouchuu_005  黒々とした腐植土を取り除いていくと赤いアカホヤそうに届くが、その中にアカホヤと腐植土の混ざったような部分があり、それが「竪坑(たてあな)」で、土地の表面からアカホヤ層に届くまで垂直に掘られている。221211kodaitouchuu_008  11号地下式横穴墓は竪坑から横に掘り、遺体を安置する玄室の一部まで試掘が進んでいた。

 これから玄室を調査すれば、さまざまな副葬品が姿を現すはずである。楽しみだ。221211kodaitouchuu_007_2  地下式11号横穴墓の上には円墳(飯隈5号墳)がある。ここはまだ未調査で、今後の解明が期待される。

 なにしろ大崎町では神領古墳群の10号墳(全長40メートルほどの前方後円墳)から、5世紀前半の「武人埴輪(盾持ち人埴輪)」が出土している。全国に先駆けた非常にリアルに作られた優品で、未だにこれほどの完成品は見つかっていないという代物なのである。

 どこからか伝世されたというより、ここ神領古墳を形成した南九州人のオリジナルと考えたほうがよい傑作である。南九州人はすでに7500年前に「壺」を作っており、世界でも稀な技術を開発していたのであるから、驚くには値しないのかもしれない。

 午前11時に現場を離れ、その足で鹿児島の黎明館に行った。「古文書講座」があったのである。今回は中世専門の先生による、戦国末期の古文書の解説であった。

 3時半に終了して、今度は鹿児島市立科学館に向かった。展示は明日12日までということで、わくわくしながら館内に入ったのだが、カメラを取り出して写しかけたら係員に止められてしまった。館内は撮影禁止だというのだ。

 何ということだ。なぜ禁止するのかその理由がはっきりしない。はやぶさの帰還についてはテレビでも大々的に報じられ、機密だったり軍事的な目的ではないことははっきりしているのに、いったいどうして撮影できないのだろうか?221211kodaitouchuu_009  それでも2枚は撮影していた。これは科学館の内部。

 床に置かれた赤いコーンとそれに乗っかった黒と黄色のまだらのバーが、右手に行くように誘導している。その先に今回はやぶさが持ち帰ったカプセルが展示されているのだ。

 展示室の入り口にあるはやぶさのビデオを写すのが精一杯であった。

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