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纏向遺跡が邪馬台国?!

 1月23日(日)夜9時からのNHKテレビは『邪馬台国を掘る』というテーマで、またぞろ奈良県桜井市の纏向遺跡を取り上げていた。23123makimukuiseki_002

 一昨年だったか、同じ遺跡で大型の建造物の柱穴が発見されたのを取り上げ、「卑弥呼の宮殿か」などと紹介していた。23123makimukuiseki_004  今回も宮殿の復元模型を画面に流していた。

 昨年7月から4ヶ月の発掘調査があったとかで、番組はそれを追っかけて編集していたが、NHKはこの纏向遺跡を何とか邪馬台国と結び付けたいらしい。

 で、今度の発掘では残念ながら邪馬台国の痕跡らしいものは出土しなかったが、「桃の種」が2500個余り発掘されたのを取り上げ、「卑弥呼の鬼道(きどう)に使われていたのかもしれない」とし、2世紀ごろの大陸で始まった「道教」を援用して「道教の祈祷でも桃がお供えに使われていたので、纏向遺跡でも同じような祭祀が行われていた。それが倭人伝に記載のある卑弥呼の鬼道ではないか」と推定している。23123makimukuiseki_001  倭人伝には確かに「桃」が産物として紹介されているが、「鬼道」に使用したとも何とも書いてはいない。どうしても纏向遺跡の地に邪馬台国をもって行きたいがためのこじつけ論法にしか過ぎない。

 第一、邪馬台国が奈良大和に無いことは倭人伝を読めば分かることだ。帯方郡から九州北部の唐津(マツラ国)までが「一万里」で、日数で表せば「水行10日」。一方、同じく帯方郡から邪馬台国までは「一万二千里」で、一万里を差し引くと残りは「二千里」。これが「水行10日、陸行1月」の後半部分の「陸行1月」に当たる。つまり、九州北部に上陸したら、あとは陸上を二千里、日数で表せば1ヶ月の陸続きの九州のどこかに邪馬台国はあるのだ。

 倭人伝では畿内大和については何も述べていない。しかし「女王国の東、海を渡ること千余里、また国有り、皆、倭種」つまり「女王国の東にも海があり、水行1日で到達する。そこにも国があり、やはり倭人の同族だ」と書いてあり、九州島の東方(四国や山口)にも海を渡ったところに倭人の国があると記している。畿内大和が無かったというのではなく、その倭種の国々のひとつとして存在していたことになろう。

 九州島以外の倭人の国々は魏との国交が無かったため、魏の時代を描いた文書「魏志倭人伝」には記されなかっただけの話なのである。

 いったいいつまで邪馬台国畿内説を述べていたら気が済むのだろうか? 話にならない。

 それでも今回の放映で貴重な実験がなされていた。それは今度の発掘で出土した「銅鐸の破片」をめぐって、どうしたら銅鐸がそのように木っ端微塵に破砕できるのか―という実験である。23123makimukuiseki_007

 銅鐸そのものをいくら強く叩いても凹むだけだが、銅鐸を高温で熱し、熱いうちに叩くと簡単にばらばらになったのだ。このことは同じようにばらばらに破砕されて出土する銅鏡にも当てはまるだろう。23123makimukuiseki_008

 ばらばらに破砕する理由を考古学者は、「銅鐸を使用する古い祭祀体制が銅鏡を使用する新しい宗教に取って代わられたからだ」と述べていたが、取って代わった勢力がよそからやって来たとは言わなかった。畿内大和の勢力自体が入れ替わらず、卑弥呼の邪馬台国は(大和王朝に)継続していると主張しているのだ。

 卑弥呼の邪馬台国は畿内には無いのに…。

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コメント

おはようございます。
先日23日、志布志文化会館での芸能大会
見物しました。

今度は来月の「だご祭り」ですね。
ページ拝見して概要は。。
余計、見物したくなった。。
どうも志布志市内からタクシーでしか
足が無いようですね。

拙宅はテレビが無いので判りませんが
そうですか、NHKも乗っかりましたか。。
詳細に調査して、、、
いや他だな、、、こりゃ~。。。

そうでしょう。
王塚古墳がありますよ。。
ぜひ探訪したい大隅の古墳群です。
暖かくなったら、マウンテンバイクで
出かけたいですね。

投稿: nick | 2011年1月25日 (火) 09時29分

学会の主力が畿内説なのか?北九州説と畿内説でお互い平行線の不毛の議論を続けることが目的か。邪馬台国もだが天皇家のルーツを隠すためか。

投稿: | 2017年2月12日 (日) 20時59分

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