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県下一周駅伝

 今日の午後3時近く、19日の土曜日から5日間にわたって行なわれている「県下一周駅伝」は、今日で4日目、勝負も大詰めを迎えたレースの応援に立った。

 2時50分頃だったか、所用で出かけていて田崎神社近くを通りかかったところ、県下一周駅伝第四日目の最後のゴール地点・鹿屋市役所に向かって、鹿児島チーム・川辺チーム・曽於チームなどの後に肝属チームが走ってきた。23222ekiden_001  あと500メートルほどで4日目のゴールである鹿屋市役所前なので、みなストライドを伸ばし、必死の形相で走ってくる。23222ekiden_002  沿道の市民は惜しみない拍手で応援している。その中に不思議な集団がいた。23222ekiden_003  よく見ると、その集団は法被などを着ている。そう、今日は田崎神社の「お田植え祭」なのであった。神事の途中で応援に降りてきたらしい。よくよく見ると、一番右手の鮮やかな青の法被姿の人のすぐ左側には「べぶんこ」(お田植え祭で鋤を引く牛の木型)がある。

 田崎神社は「七狩長田貫神社(ななかりおさたぬきじんじゃ)」というめずらしい名称を持っている(七狩長は文字通り狩猟の神。また田貫は田主の意味)。

 神社の伝承によると、創建年代は不明だが伊勢国の住人・田丸玄蕃(たまるげんば)という人が山城国の大社・賀茂神社の祭神「別雷命(わけいかづちのみこと)」を奉祭して鹿屋に下ってきて、祭るようになったという。

 大隅は「鴨着く(かもどく)島」であったから、ここに鴨一族をまつる京都の加茂神社から勧請したのは筋が通っている。もっとも、別雷の神は「上賀茂大社」の祭神であるので、上記の「賀茂神社」は「上賀茂神社」が正しい。

 別雷命はもう一つの賀茂神社「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」の祭神「賀茂建角身(かもたけつぬみ)」の孫に当る。大隅地区では串良下小原の「萬八千神社」が鴨系神社としては名高い。

 

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