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北方領土

 2月7日は「北方領土の日」。

 北方領土は歯舞・色丹・国後・択捉の北海道に近接した4島で、1945年以来ソ連に占領され、ソ連崩壊後はロシアにそのまま占拠され続けている。

 北方の千島列島、南樺太は戦前は日本の領土であったのだが、太平洋戦争中のヤルタ会談(1945年1月)における「秘密協定」で、アメリカのルーズベルト大統領が、ソ連のスターリンに対日参戦を促すために与えた言質がモトになり(日本にとってはアダになり)、ソ連が日ソ平和条約を一方的に破棄して攻め込み、我が物としたのである。

 秘密協定にしろこの協定はソ連に対しては有効性を持つのだが、ソ連が崩壊したら破棄されなければならない筋のものだろう。だが、ロシアはそんなことは知らぬ半兵衛を決め込んで居座っている。

 アメリカもそのことを指摘しないといけないのだが、素知らぬ顔だ。もしロシアに北方領土からの撤退を迫るとしたら、沖縄をはじめ日本各地にある米軍基地という「軍事的占拠地」(「日本を守るため」とは日米安保の言い方だが・・・)も俎上に載せざるを得なくなるからだろう。

 日本は対英・米戦争に負けたのだから仕方がない、という考えもあるが、そもそも日本が英米に対して挑んだのは「国際社会における人種差別を無くして行かなければならない」というパリ講和会議(1919年)において日本が提案した議案を、当時の議長アメリカのウィルソンが完全無視したことに端を発している。

 当時の講和会議では日本案に賛成する国が多数を占めたにもかかわらず、ウィルソンは他の議案については多数決で決めながら、その日本の提議に対してだけは「全会一致でなければならぬ」と、一蹴し、なおかつ早々に帰国してしまったのである。

 アメリカは当時「人種のるつぼ」であり「人種差別のるつぼ」でもあった。黒人には公民権はなく、日本人もパリ講和会議であのような提案をしたがゆえに同じ講和会議の翌年(1920年)には、カリフォルニア州では人種差別の典型である「排日土地法」が成立し、日本人への土地譲渡は禁止されている。

 欧米で「黄禍論」が唱えられたのも黄色人種である日本人の国際政治への台頭を念頭においていた。今日なら日本に代わってさしあたり中国がその標的になろう。(といって戦前ほどの「黄禍」は叫ばれないだろうが・・・)。

 ロシアの北方領土占拠問題が飛び火した感があるが、国際政治はタイムスパンを長くして見なければ真相はつかめない。

 アメリカの人種差別は半黒人(妻は純粋の黒人)のオバマ大統領の出現で完全に無くなったと思うので、以上のような世界史への理解を期待したのだが、「大西洋憲章」(1941年8月)「ヤルタ会談」「ポツダム宣言」という反日・汎欧米的世界戦略の枠組みはどっこいまだ生きていると考えるほかない。

 この枠組みから抜け出るためには、「永世中立宣言」(ただし武装はする)を出し、いったんは国連を脱退し、日本の採るべき道を国際社会にアピールし続け、世界に以上のような理解をさせた上で、再度、国連に入りなおすという手もある。北方領土もその流れの中で「国際司法裁判所」に訴えるなどしておくべきだ。

 いずれにしても北朝鮮のような「世界の孤児」にならないよう、情報は発信し続けなければならない。

 

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