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桜島の桜(鹿児島市桜島町)

 中世史研究会の月例会で発表することがあり、鹿児島市の教職員互助会館に行った。この会は黎明館で開かれる場合が多いのだが、どちらにしても出かける時は桜島フェリーを利用する。

 桜島のフェリー桟橋まであと500㍍くらいだったか、山側のガードレールの向うが刈り払われて見通しがよくなっているのに気付き、車を停めて眺めに行った。

 すると桜島山はもちろんだが、すぐそこに、だいぶ葉が出て花びらを落としかけている山桜を見つけた。23327sakurajima_003  「桜島」で連想するのは誰しも桜だろう。今度開通した九州新幹線の名も「さくら」だ。

 ところが桜島は桜とは何の関係もない。黎明館の所に藩政時代の領主居城・鶴丸城があった頃、桜島は海の向うにある島なので「向島」と呼ばれるのが普通だった。

 江戸時代後期の薩摩藩の国学者・白尾国柱の『麑藩名勝考』によれば―11世紀初めに編まれた拾遺和歌集に「大隅守さくら嶋の忠信・・・」、また同じ頃の『本朝文粋』にも桜島忠信という人物が登場することを挙げ、一見するとこの桜島姓から桜島という島の名が付けられたかに思えるが、大隅守に任じられた桜島忠信はいないので、桜島はやはり姓ではなく地名そのものだろう―とし、桜島に鎮座する「五社大明神」の祭神の「コノハナサクヤ姫」の「サクヤ」に由来がありそうだという風に書いている。

 自分もそれに従う。こんなごつごつした火山島とサクヤ姫は似つかわしくないが、サクヤ姫(別名・カムアタツヒメ=神阿多都比売)は二ニギノ命の子を産む時、産屋に火を放ち、その中で無事出産を果たしたといういわれの持ち主である。火には滅法強い姫であるから、活火山桜島にその名を負わせて遜色はあるまい。23327sakurajima_004  山桜よりも道路に近い場所に、こんな大きな溶岩が突っ立っていた。高さ3メートルはあり、桜島を見上げた猿かゴリラの横顔に見える。

 コノハナサクヤ姫には実は姉さんがいて、その名は「石長姫(イワナガ姫)」といい、父の大山津見は二ニギに両方差し出したのだが、姉の方は醜かったので敬遠されてしまった。こんなゴリラのようではなかったろうが、「私を受け入れたら、天孫の命は岩のように永遠に続くのだったのに・・・」と恨み事を言ったらしい。なるほど、向うに見える山桜はおおかた花が散り失せ、もう「姥桜」になっている・・・。

 「石長(イワナガ)」とは実は「祝長」つまり「祝いを長く絶やさない」「祝いの主宰者」の意味だと思うので、上の見方は半ば冗談だが、確かに、花はその季節の一時期で終わってしまうが、ゴリラ岩のような溶岩は岩石の中では真新しい岩だが、それでもここにあんな格好でジーっとしている。大正溶岩(1914年)だとしても、もう100年。安永の溶岩なら240年にもなる。23327sakurajima_001  そんなことを思いつつ乗り込んだフェリーは、早くも鹿児島の埠頭に到着した。(右の建物は鹿児島市立水族館。手前の石造りの護岸は藩政時代の桟橋の名残り。)

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