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東日本大震災

 三陸沖を震源とする震度7、マグニチュード9.0の未曾有の大地震から3週間が過ぎた。確認された死者の数は約12000名、なお行方が分からない人の数は16000名、合計28000名という巨大な犠牲者が出たと言われている。宮城県一県だけであの阪神淡路大震災の犠牲者数を上回っているというから大変だ。

 115年前の明治三陸沖大地震(明治29年6月15日)の時は、岩手県を中心に22000名ほどの死者が出ており、今度はそれを上回った。115年前の大地震では震度もマグニチュードも判明していないが、今回よりさらに沖合い遠方で発生したらしい。震度はさほどではなかったが、あれよあれよと言う間に、30メートルほどの大津波に襲われたという。

 今回も津波の被害が甚大だったが、しかし115年前とは違う災害が発生している。放射能汚染の恐怖だ。津波の被害は人だけでなく、原発にも大打撃を与え、未だに収束の兆しは無い。気の毒なのは原発の20キロ圏内で津波の被害に遭遇した人たちで、いくつかの町では放射能に阻まれて大地震の被害状況が把握されず、救助隊も現地入りができないでいる。

 天災が人災に転化した、いや、天災に人災が添加されたのだ。つまりダブルパンチを受けているのだ。気の毒なことである。

 これを奇禍として、政府は原発依存から思い切って太陽光発電へと政策を切り替えてほしいものだ。もし復興住宅を建てるのなら、すべての住宅の屋根に太陽光パネルを無償で据え付け、作られた電気を国が買い上げ、さらに復興資金として、また既存の原発の廃炉への資金として活用したらどうか。

 加えて、過疎の田舎の荒れた土地にも太陽光パネル付きの復興住宅をどんどん建てれば、過疎地もよみがえるだろう。

 それはさておき、息子の勤務先の仙台工場と営業所の被害は死者4名と確定した。行方不明10名のうち8人は無事だったそうだ。最小限で済んだと言うべきだろうか、亡くなった方々のご冥福を祈る。

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コメント

 被災地で仕事が無かったり、解雇されたりしていますが、瓦礫の後片付けの仕事や、新しくビルを建て直したり,地盤沈下した所にダンプで土を運んだり、新しい街の図面をひいたり、銀行の再生、バス等の交通の復活、・・(気が狂うぐらい仕事があるじゃないの、世の中どっかおかしいな~、なにを考えているのだろう?)等の仕事だらけじゃないでしょうか?東京や横浜で仕事を見つけるのじゃなくて、現地復興の仕事に就けば、本人も周りの人たちもやりがいがあるのではと思いますが。ジャパディール政策ををやれば、被災地だけでなく、日本復活の絶好のチャンスだと思うのですが。

ひとまずは、東京や横浜に避難しても、そこでの生活に埋没させずに、政府は、現地に仮設住宅を作る仕事や復興株式会社を作って、被災者を無条件で社員にしちゃえばいいと思います。ほかの県の建築会社が被災地に行って仮設住宅やその他の仕事をするような馬鹿なことは、しないでほしい。建築の経験があろがなかろうがかまいません。漁船もたくさ

ん造らねばなりません。お金をあげるのではなくて、そういった援助のほうが現地の人の自信と力になると思います。

投稿: わん | 2011年4月 5日 (火) 10時18分

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