« 根占フェリー(肝属郡南大隅町) | トップページ | 『大隅54号』出版の大幅な遅れ »

「こらん湯」入湯の記

 指宿の二月田にある浄福寺で義父の一周忌の法要が営まれ、忌明けの昼食が自宅であった。2時半ごろには親類縁者はおおかた帰路についた。

 少し酔いを冷ましたあと、いつも必ず「殿様湯」に入って帰るのだが、今度はむかし指宿に居る頃に一度入ったことのある「こらん湯」にもう一度入ってみたくなり、出かけてみた。

 指宿神社前の桜並木のある広い道を行くと、道は二手に分かれ、右手に小さな橋を渡って行くのは二月田駅のある国道沿いの繁華街だが、こらん湯へは左の道をとる。

 ほんの50メートルも行くと「指宿竹元病院」(精神科・アルコール中毒対応科)だ。この病院は弟が32歳の若い生涯を終えた所。もう28年前のことだが、その頃に比べて病院はだいぶ大きくなっている。あの頃は「閉鎖棟」ばかりだったが、このごろは「開放棟」もあるのだろうか。23412nankyuferii_020  さらに100メートルも行くと、目指す「こらん湯」だ。23412nankyuferii_019  車一台がやっとの狭い路地の向うに赤い屋根が見える。23412nankyuferii_012  左が男湯、右が女湯。23412nankyuferii_018  温泉の入口の壁には「こらん湯規則」がいかめしく掛かっている。

 それによると、明治時代の初期に温湯(ぬり)地区内の五集落の農業者有志が「農作業の身体をいやすため発掘した」のが、この温泉のはじまりである。

 肝心の「会名」は見当たらないが、「こらん湯有志会」か「こらん湯友の会」というような会であることは間違いない。聞けば会員は年間会費6000円を納入することになっている。一年365日休みは無いそうで、毎日でも日に何べんでも入れるそうだ。年間300日利用したとすると一日当たり20円ということになる。ただ同然だ。

 自分は会員でもなんでもないが、管理者に「嫁が宮集落の出身で、嫁の祖父・祖母はよく利用していたと聞いている」(事実である)とかなんとか交渉したところ「入浴するのは今日だけなんですね。いいですよ、今日だけなら」と限定付きで許可を頂いた。有り難い。23412nankyuferii_013  で、早速入らせてもらう。23412nankyuferii_014  先客がひとり。湯舟が二つあるが、指宿の古い温泉銭湯はみなそうだ。一つは熱め、もう一つはぬるめと決まっている。23412nankyuferii_015  こらん湯は正式には「河原湯」と書く。鹿児島弁では「河原(かわら)」は「こら」となる。垂水で有名な祭りが毎年4月のはじめにあるが、その祭りの名を「女男河原祭」と書いて「おんだんこら祭」と呼ぶのと一緒である(ただし、おんだん<女男>ではなく、<御田(おんだ)>から来ているという説もある)。

 たしかに、この温泉は「二反田川」という川の川沿いにある。むかし、ここは河原で、そこから湯気でも立っていたのではないか。そこを温泉とし、温泉の建物が水害に遭わないように土盛り・かさ上げして万全を期したのだろう。やがて周囲にも家が立ち並び、河原にあったということが信じられない現況になってしまった。23412nankyuferii_017

 こらん湯(河原湯)という名のみが、この温泉の成り立ちを伝える唯一のものかもしれない。歴史的命名として味わい深い名である。

 平日の午後3時半。穏やかな日差しの中、温泉につかった女性がふたり、なにやら話をしながら家路につく。のどかな、まどろむような午後のひととき・・・がここにあった。

|

« 根占フェリー(肝属郡南大隅町) | トップページ | 『大隅54号』出版の大幅な遅れ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 根占フェリー(肝属郡南大隅町) | トップページ | 『大隅54号』出版の大幅な遅れ »