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平成23年度「おおすみ歴史講座」開講の案内

 所属している大隅史談会では、これまで2年間、「三国名勝図会から学ぶおおすみ歴史講座」と銘打って鹿屋市立図書館で学習会を開いてきたが、今年度からリナシティに場所を変えて講座を継続することになった。

 昨年度までで曽於市以南の大隅半島の各地域については学び終わったので、今年度は宮崎県南部の旧薩摩藩の歴史・地理を学習する。年間学習計画については「h23-oosumi-rekishikouza-annai.doc」をダウンロード

 まずは都城を2回にわたって学習する。

 都城はむかし都島とよばれた時期があり、そこから島戸が派生しやがて「島津」となったという。島津氏の始祖「島津忠久」が近衛氏の被官だった関係で、藤原氏に寄進された島津の荘園の地頭となったことが島津姓の起源である。

 島津氏は源頼朝の庶子であるというのが島津本家の主張だが、そうではないと言うのが研究者の言い分で、実は惟宗氏の出身だという。少し前までは忠久の父は「惟宗広言」とされていたが(広言は文官であり『三国名勝図会』都城之一「島津御荘」の項によれば忠久の母「丹後の局」は忠久を生んだあと忠久を連れて民部大輔だった惟宗広言に嫁いだ)武官の「惟宗忠康」こそが父だろうと言われるようになった。

 首尾に一貫性がないように感じられるが、いずれにしても頼朝後胤説は否定されている。そして広言か忠康の違いはあるにしても本姓は「惟宗」で、惟宗姓の前身は「永原忌寸」という四国は讃岐に領地を持っていた渡来系氏族であった・・・。

 ・・・云々。

 こうした話が登場する「おおすみ歴史講座」にどうぞ!

 

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