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「神之市橋」からの風景(肝属郡肝付町前田)

 24日は、肝付町高山前田のT先生はじめ3軒へ、増刷なった「大隅54号」を届けたが、途中、いつも高山に用事があるときに立ち寄る「高山温泉ドーム・やぶさめの湯」へ行こうと、よく利用する「神之市橋」にさしかかった。

 高山川の流れに眼をやると、天気が回復して3日経つにしても、あれほどの豪雨の後とは思えないほど水流が穏やかであった。004  梅雨明けを思わせる上天気。久々に見る空の青・山の青だ。川の水も澄んでいる。005  川中島の手前ではアオサギが餌を狙っている。獲物は川エビか、はたまた贅沢にもウナギか・・・。

 山々(肝属山地の国見連山)の青さは格別だ。稜線のちょうど真ん中あたりには連山の最高峰「甫余志岳(968㍍)」の一枚岩のピークがひょっこり顔をのぞかせていた。006  8倍ほどのズームで見た甫余志岳山頂の大岩。

 橋のすぐそばのこじんまりとした田んぼでは、早期米の出穂・開花が始まっていた。003  春先の低温と雨不足、そしてバカ早い梅雨の入りで日照時間の少ないのが懸念されたが、ここへきて高温と強い日差しが戻ってきた。 何とかなりそうだ。002

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コメント

先の「宇宙と田園」欄の寄稿した内之浦から佐田までの旅を企画したのはT君だった。
彼は実家は確かこの神之市橋の袂だったような気がする。
彼は旅の道中も穂与志岳や稲尾岳を我が山の如く得意になって喋っていた。
写真を拝見してそうか!と合点がいった。
小さい時からこの連山を眺めていた彼にとっては、「山のあなたの空遠く・・・」だったのか!
負けん気の強かったT君は国立文系を蹴って医大に転進今は関東の公立病院長を勤めあげて余生を送っているはずだが、彼はやはり「幸」をこの山の東の彼方に求めていたのかな。

今、Secret Garden ( http://www.youtube.com/watch?v=fd3a189vcVc )を聴きながら
昔日を想い出している。この曲にはかっての大隅ハヤトと同じく大陸の西の果ての離島のケルト人の望郷の思いが感ぜられ、またCeltic Womanが謳う詩You Raise Me Up
(http://www.youtube.com/watch?v=faKFcfytlxU&feature=related)に様々な苦難を乗り越えて新大陸に向かったアイルランド人の歴史への想いを感じるのは小生だけだろうか。


ところで以前から気になっているのだが、穂与志岳の山名の由来はどこからきているのだろう。高隈の大毘柄岳や権現山・国見山など他の山名は文字文化や仏教文化伝来以降の名だろうが、どうもこの「ホヨシ」はそれ以前、管理人さん説のこの地がかって「鴨つく島」だった時代由来の山名ではなかったろうか。
「ホ」には、古代人の豊かな感性、風の薫りが感ぜられる。
そういえば、昔畑仕事で母が脱穀した籾をいれた箕を頭上にかざして「ホー、ホー」といって風を呼んでいたことを想い出す。小生が真似をして呼んでみてもだめだが、不思議と母が呼ぶとどこからか爽やかな風が吹いてくるのだった。やはり「カミ」に通じるのは巫女でなければだめか。

   

投稿: 隅南風人 | 2011年8月 5日 (金) 10時54分

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