平瀬マンカイ(鹿児島県龍郷町秋名)
今朝(9月9日)、仕事に出る前に見ていたNHKの地域ニュースで、前日行われた龍郷町秋名の「平瀬マンカイ」が放映されていた。
急いでデジカメを別の部屋に取りに行き、何とか何枚かを撮ることができた。 秋名の海岸には大きな二つの岩「神平瀬」と「女童(めらべ)平瀬」とがあり、神平瀬にはノロ(女性の神人=巫女)が5人立ち、向かい合うところにある女童平瀬には宮司役の男性と唄と太鼓を鳴らす女性の7名が立って、双方から唄を掛け合う。
これは海の彼方から神を招く行事で(神は稲魂だろうという)、同じ日の朝に行われた「ショチョガマ」とともに「豊作の予祝行事」である。
奄美や沖縄では海の彼方には「ネリヤカナヤ(沖縄ではニライカナイ)」という場所があり神々が住んでいるとされている。
ネリヤカナヤという言葉については諸説があるものの、海上はるか遠く離れた神の国で、人間に福をもたらす神々が宿っている場所だという認識は変わらない。 自分流に解釈すると、「ネリヤ」は「根屋」で「植物の根は地上に出ている茎や葉が枯れても残っている。すなわち根には永続性があり、それは地上が栄枯盛衰するのに対して天上が永遠性・恒常性をもつことの表徴になっている」ことから名付けられたのだろう。
また「カナヤ」は「金屋」で、金属製品が泥や植物で作られた物よりはるかに丈夫で長持ちすることから演繹された言葉であろう。
それらを繋げた「ネリヤカナヤ(根屋金屋)」は一言でいうなら、記紀神話によく出てくる「常世の国」ではないか? 「高天原」とも考えられるが、「高天原」は記紀では「王権神授」的な色合いで、つまり政治的なトーンで使われているので、この奄美・沖縄的な土俗的な行事にはふさわしくないように思われる。
もしくは「先祖の諸霊が鎮まる魂の国」とでも言ったほうが、奄美・沖縄のもつ生活の中に祈りがあるような雰囲気がより一層感じられるかもしれない。 沖に向かって一心に祈るノロたち。ノロは「イノロ(祈ろ=祈る人)」の「イ」の脱落した言葉だろう。
ノロが祈るとネリヤカナヤから「稲魂」という神がやってきてノロに降り、神人一体となったノロを交えて宮司らが円陣になって踊る。歓迎の踊りに違いない。
かくして地上のしばしの永続性は保証される。今年も豊作間違いなし!
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