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岩戸神社秋の例祭(鹿屋市大姶良町)

 鹿屋市大姶良町に鎮座する岩戸神社で11月3日、秋の例祭があった。

 岩戸神社は天の岩戸とは無関係で、岩戸神社のある麓からは5~6キロ横尾岳への林道を上ったちょっとした尾根筋にある大岩をご神体として祭ったのが由緒で、元来はそこに参拝するのが祭りであった。

 ところがおそらく戦国時代ではないかと思われる時代に道の険しい山中に上がって祭るのが困難になったのか、現在地に御神霊(祭神はオオナムチノミコト・アメノヒワキノミコト)をうつしている。いわゆる「里宮」である。

 旧社殿の棟札に『永禄二年、願主・鳥越刑部左衛門藤原岩吉』というのがあり、永禄2年は1559年であるから、現在地に里宮が建立されたのは1559年以前、つまり少なくとも450年は経つことになる。003

 午後2時少し前に着くと、間もなく神事が始まった。007  こじんまりとした祭りであるが、神主は3名で執行された。011  神主の祝詞奏上。神紋の入ったうす紫色の垂れ幕の左隅に「鳥越」という姓が染め抜かれている。上記の「鳥越刑部左衛門」の子孫が奉納したのだろうか。009  拝殿の中に小さな社殿が入り込んでいる。神主に聞くと「参河神社」を仮に相殿としているとのこと。大姶良麓の参河城にあったが事情があって今ここに移っているのだそうである(理由は後述)。018_2  参列者が玉串奉奠をし神事が終わろうとしたとき、神主がある方向に向いて「八幡神社を拝礼します」と言い、皆に二拍手一礼を促した。

 八幡神社は大姶良麓の中心的な社で、大姶良本城のすぐ南にあるが、八幡神社の祭礼が途絶えているので「代祭」の意味だろうか。022  参列者と神主が境内に出て少し待っていると、御神木と思われる大きなクスの傍らから「棒踊り」の一行が現れた。025  久しく途絶えていた棒踊りが復活し、去年から再び奉納されるようになったという。大姶良西地区に伝承されていた棒踊りだ。030  小学生と中学生の総勢12名ほどが、結構激しい動きで棒や模擬刀を振り回して踊り続ける。神社社殿の横では老人がふたり、景気付けの唄を大声で歌い回す。

 少年たちの棒と棒とがぶつかり合う「カチッ、カチッ」という音が、やや気温が高いものの秋日和の境内に気持ちよく響く。子供たちの身のこなしも鮮やかだった。

 帰る途中、大姶良麓集落に差しかかったところで右手に見える八幡神社。040  田んぼと左手の小高い岡の間を流れる平岡川の向うの小丘が八幡神社のあるところで、この神社は島津氏第6代氏久がここの本城で生まれた第7代元久のために建立した(左手の岡こそが大姶良本城)。

 生まれたときに産湯を奉納した近くに住むお百姓が、感謝されて「繁昌」という姓をもらったと言われている。今でも繁昌姓はあるから面白い。041  大姶良麓の旧武家屋敷群の通りを過ぎようとする場所に「参河神社」の石柱標識がある。

 この上の岡は大姶良十三城の一つの参河城跡で、廃城後にここの城主であった「伊集院参河守(三河守)」が祀られた。

 伊集院参河守は秀吉の起こした朝鮮の役(1回目の文禄の役)の際、肥後国で反乱を起こした梅北国兼に連座して誅殺されたのであった。

 おそらく秀吉政権が没落したころかの反乱軍が再評価され、それに伴い伊集院参河守も浮上したのだろう。

 上まで登ろうとして近所の人に止められた。岩戸神社に仮に遷されたのは途中の参道がシラス採取のために崩れ去ったためとのことであった。何でもここの宮司が採取業者に許可を出したのだが、業者は許可範囲以上に大きく抉ってシラスを採ったのだという。

 そのため神社に参拝できなくなり、やむなくここから御神体の入った社殿だけを岩戸神社に遷し置いてもらっている状態のようである。困ったことだ。

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おおすみ祭礼と行事」カテゴリの記事

コメント

興味深く拝見しました。
由緒も良く判りましたわ。

一回、訪れたい場所ですわね。

投稿: より | 2011年11月 4日 (金) 15時32分

棒踊り奉納が復活したのは、
喜ばしいことですわね。
継承される事を。

投稿: より | 2011年11月 4日 (金) 15時34分

20年前に大姶良小学校を卒業した者です。当時、担任の先生が岩戸神社に興味を持ち、山を登り本当にあった場所を見に行った話しを思い出しました。自然に出来たとは思えない大きな岩が二枚寄りかり、人一人通れるか通れないかぐらいの隙間があったそうです。内容がおぼろげですが、岩戸神社の架空の物語を作って読んでくれました。
内容は正直者しか、岩の隙間を通れない…神秘的な話しだった事を覚えています。
懐かしくなり 思わずコメントさせていただきました!
(^∀^)ノ

投稿: リリー | 2011年12月 3日 (土) 15時18分

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