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「神州不滅」の碑(鹿児島県志布志市松山町)

 昨日は曽於市末吉町の耳鼻咽喉科(中央クリニック)で久しく念願だった花粉症対策のレーザー治療を受け、足を延ばして都城に初孫の顔を見に行った。

 レーザー治療は鼻腔内の粘膜にレーザーを照射して焼き、花粉その他のアレルゲンが粘膜に付着しても抗体が反応しないようにするという治療方法で、薬で身体の内部から抗体の過剰な反応を抑えるのと違い、いわば花粉症対策の外科的治療(手術)。

 薬で抑える場合、花粉シーズンの前から受診し、シーズン中も何度も医者にかからなければならないのだが、この治療の場合は今回だけで済む。ただし、この一回で永久に花粉症とおさらばというわけにはいかない。およそ3か月後には粘膜が完全に元に戻るので、再び花粉に晒されれば発症してしまう。

 なんだ、たった3か月で元の木阿弥じゃないか―となるが、花粉シーズンの3か月の間に6~7回通院する面倒と費用を考えると、一度はやってみたかったのである。さらにこれはひそかな期待だが、粘膜が元に戻る、つまり再生するということは花粉への過剰反応もリセットされるのではないか。そうなれば、しめたもの。

 再生が完了する前にきちんと花粉防除対策を立てておけば、花粉に過剰反応しない粘膜になってくれるのではないか、そんな淡い期待を抱いているのだ。花粉症歴23年目の強い願いでもある。このシーズンはどうなるか、興味津々である。

 都城・三股の嫁の実家にいる初孫(女児)はまだ産後25日。「聖奈(せな)」と名付けられた。4時少し前に見舞ったところ、「ばあちゃんも、本人も、赤ちゃんもどうも風邪気味で、これから医者に行くところ」とひい婆ちゃんの話。

 やがて姿を現した。しばらくあやすと時折り笑顔になる。欠伸かな・・・。002 今月末には初宮参りだ。

 30分ほどいて帰路に着く。途中、松山町の道の駅の隣りにある「松山城址」を訪ねてみた。

 以前に一度来たことがあったが、城の麓しか見て回らなかったことを思い出したので、昨日は模擬城まで上がってみた。屋根は瓦葺のちょっとした天守閣になっている。016 ここは二の丸の址だから天守閣はおかしいが、大隅半島の古城跡でこのような模擬でも造られているのはここだけだ。隣の都城市域には「三股城(あじさい公園)」と「高城(高城町)」の二つもある。

013 天守の中はら旋階段になっており、10㍍ほどの高さがある。最上階は吹き抜けで四周が見渡せる。010 西方面。街並みの向うは大隅町の「八合原」で、戦時中は特攻基地になった。011 南方面。松山町の中心部を見下ろす。役場や学校が見える。

 東は山並みで、志布志市の北部が望まれ、北は総合運動公園が見下ろせる。021 その運動公園の一角、体育館前の陸上トラックから少年たちのの大きな掛け声が響く。どうやら小学生のソフトボールクラブの走り込みのようだ。5時を回ってしんしんと冷えてきた山里。たった6,7名の小さなチームらしいが寒さにめげず頑張っていた。007 「天守閣」の前には「神州不滅」の碑が立っている。太平洋戦争の最末期にここが米軍主導の「志布志湾上陸作戦(オリンピック作戦)」を阻止するための最前線基地だった―とある。008 第86師団の当時の師団長は芳仲和太郎・陸軍中将。中将自らが一師団長に任命されるということは、やはり負け戦だったのだろう。人材が底をついていたのだ。無理からぬこと・・・。

 神州、つまり皇国日本は不滅―そう信じて軍人は戦った。たしかに骨抜きにはなったがどっこい日本は今でも生きている。立派な独立国家だ。ただ、対日戦勝国アメリカの様々な頸木はあるが・・・。

 これをしかたがないと見るか、いやこのままでは困ると思うか、の論争は決着がついていない。

 戦敗国が戦勝国の言いなりになるのは当然と言えば当然だが、沖縄の米軍基地は誰がみても多すぎる。常識外れだ。

 私見では、戦前の日本が、中国の親日派だった汪兆銘政権と手を組もうとしたのと同じように、今日の日本と中国が手を結んだら大変なことになる―というアメリカ側の憂慮(というか対アジア戦略)が日本と中国の中間にある沖縄にかくも多大な軍隊を置いている理由だと思っている。

( 中国の周恩来政権と国交回復し、今でも「井戸を掘った恩人」として中国から評価されている田中角栄が、ロッキード受託収賄事件で葬り去られたが、これはアメリカ側の関与が濃厚である。) 

 話は飛んでしまったが、この松山城址がこんな歴史を背負っていようとは思いも寄らなかった。

 さて、松山城址は今は改変されて二の丸跡しかないが、見事な山城だったようだ。、築城主は平重頼で、文治4年(1188)という。詳しくは説明板で。018

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