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石平講演会(鹿屋市リナシティ)

今日1月30日、鹿屋市のリナシティで石平講演会があった。

開演は6時半、主催が肝属地区法人会とあって会社や個人企業の経営者などがたくさん聞きに来ていた。450人くらい入る会場は八分の入りだったように思われた。

法人会会長の「新春講演会はいつやるんだ―という会員の要望に応えるべく最適の講演者をお願いした」との挨拶ののち、講演者の石平(せき・へい)氏が登壇した。201230 石平(セキヘイ)という人は4年ほど前に日本に帰化した中国人で、5,6年前に『中国はなぜ日本を嫌うのか』というような題の本を出している。

 本の内容には触れないで、彼の生い立ちから日本に来るまでを語ったのがメインの講演会であった。

  この人の生れは中国でも内陸の四川省の首都である成都で、1962年1月30日が誕生日で、今日がまさに50歳の誕生日だそうだ。

  両親は大学の先生で一人息子らしい。生まれて4年目に中国で巻き起こった文化大革命により知識人の多くが下放、つまり農山村へ追放されたが、両親も四川省の山奥に追いやられ、とある農場に行かされ、豚の世話に明け暮れることになったという。

  4歳だった石平氏は母方の家に預けられ、文化大革命が毛沢東の死によって終焉した1976年まで、山奥で自然児として暮らしたが、中学生の時に解放された両親と再び暮らすようになり、高校を出て北京大学の哲学科に入学し、卒業後は四川に戻り大学の講師となった。

 ところが26歳の時に日本に留学していた友人の招きで日本に来ることになった。一年間日本語を学んだあと、神戸大学の大学院に入学し、博士課程まで終え、その後も日本で暮らすようになった。

 なぜ日本に暮らすようになったかのきっかけは、当時留学生には日本人の保証人が必要だったそうで、来日して一年後に友人の勧めで保証人に会いに行った時の衝撃的な出会いであったそうだ。

 その出会いとは、保証人になってくれた人の家を訪れた時に、そこの奥さんが玄関まで出迎え、両手をついて「ようこそいらっしゃいました」と言ってくれたことだそうである。保証人と言えば威張って自分を迎えるものと思っていたのが、丁寧至極の挨拶を受けて戸惑うと同時に日本にはまだ「礼儀」というものが残っている―と大感激したのだった。

 翻って、中国では2500年前の儒教の祖・孔子が最も大切にしたのが「礼」であった。中国ではあの文化大革命で孔子の教えは完全に否定され、礼は失われて行ったのであるが、何と現代の日本にはまだ孔子の望んだ「礼」が生き続けているではないか!

 あの3.11東日本大震災の時に、中国でも大々的に報道されたのだが、一般市民の反応として「反日教育」の成果でもあるのだが、「中国に侵略し、残虐なことをした日本め、ザマアミロ」というような意見もある中で、何と中国で最も権威ある新聞が一面にある写真を載せたことから、日本人に対する見方が変わったという。

 その写真とは東北の悲惨な状態ではなく、東京在住の中国特派員が撮影した東京駅での一コマであった。多くの会社員が帰る手段を失って最寄りの駅や公共施設で一夜を明かしたのだが、東京駅ではあふれ返る人たちがパニックになることもなく整然と一夜を過ごしていた。床に座りきれずにエスカレータにまで腰を下ろす人々が多かったのだが、何とエスカレーターの真ん中を開けて、人が上り下りできるようにしていたのだった。

 写真はその光景を撮ったものが、日本人の他者への思いやり(道徳心)にいたく感動したというような記事だったので、中国人もそれを読んで「残虐な日本人」像を改めつつあるという。

 日本人は中国の儒教の教えもインドの仏教の教えもいまだに守っている。つまり東洋文明の最大の庇護者であるということを自覚し、これからも守り続けてほしい。今の政治はなっていないが、庶民の中にはこのような東洋らしい思いやりのある生き方が息づいているので心配はしていない。

――おおむねこのような講演であった。

 他国から見た日本人の特質をわれわれ日本人は再度確認し、古き良き日本的なものを守り、また失われつつあるものを回復したいものだ、とつくづく考えさせられる素晴らしい講演だった。

 

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おおすみウォッチング」カテゴリの記事

コメント

石平氏が鹿屋で講演ですか。
石平氏は今言論活動でも各方面で活躍されていますが、鹿屋市で講演に石平氏を招聘する見識をお持ちなら、次回は是非呉善花(オーソンファ)女史も招聘されたらと思います。

呉善花女史は韓国済州島出身で韓国陸軍で5年兵役後日本に留学し帰化、現在拓殖大学教授の日本文化研究者。
先年福岡での講演のビデオ撮影でお世話になったが、同女史の「日本の縄文文化が世界を救う」は大変好評だった。
その後日本人の職人文化の足跡を尋ね歩く旅をしたいとのことで、最近はあまりマスコミにも登場されないようだが、次の動画に出てくる、宗像三女神と関係するかの済州島の伝説や海女の話はおもしろかった。
http://www.youtube.com/watch?v=Wd-BTWPtd_s

面白いと言えば、小生が数年来ウォッチしている、HN「歴史の観察者」氏の体験談投稿。
同氏は天安門事件前より中国研究・探索、日中友好の扉開きに現地に二十五年間滞在、
その後の日中関係が加藤宏一と某氏が初期の日中友好関係の趣旨目的を捻じ曲げていると尖閣問題などについても現状日中双方を批判しつつ、民間レベルの交友関係を維持している模様。当時の現地雇用の事務員スパイとの交友、遺言の下記の投稿は面白い。
http://nf.ch-sakura.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=4492&forum=1&viewmode=flat&order=ASC&start=880
 チャンネル桜掲示版「地獄の掲示版」真善美氏スレッド「怒りや疑問を気ままに書くスレッド」欄の89ページ投稿日時: 2012-1-12 22:10以下の投稿 (スレッドページ下段)

裸の付き合いをもってしても民族性・国情の違い対立は如何ともしがたいながら、個人的真の友情交流は築けるとの良き見本か。

ご参考までに 失礼  隅南風人

投稿: 隅南風人 | 2012年2月 2日 (木) 17時41分

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