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ホタルが飛んだ(鹿屋市大姶良町)

鹿屋市の南部に位置する大姶良町は緑豊かな田園地帯で、平安時代の『倭名類聚抄』という当時の百科全書のような書物の中の「諸国郡郷名」の一覧の中に大隅国大隅郡大阿郷があるが、ほぼこの郷であることは間違いない。そのくらい古くからの土地である。

 その大姶良郷の中心を流れ、いくつかの支流をあわせて肝属川にそそぐ平岡川に、ホタルが舞うと言うので見に行った。Cimg3581_2県道<浜田・吾平線>が大姶良への道を左へ分けた三叉路をそのまま吾平方面にほんのわずか行って右折をすると、50メートルくらいで看板に行き会う。

 「水土里サークル・源氏ボタルの里・大姶良東環境保全協議会」の水色の看板である。「水土里サークル」というのは農業用水の水利組合で、主に田んぼの用水を管理している地域の団体である。Cimg3584最初の看板からさらに150㍍ほど行くと、同じ水色の看板に「水土里清し大姶良東」とある。ルビのおかげで「水土里」と書いて「みどり」と読むことが分かる。「清し」も「きよし」ではなく「すがし」と読んでいるが、すがすがしい。

 左手にのびる道路を100㍍足らず行くと、平岡川に出る。

 正面に見える丘は「大姶良城跡」である。Cimg3586平岡川に架かる「前田橋」。

 この川は幅4~5㍍の小流だが、右手にはきれいに刈られて歩きやすい土手が向うへ続く。Cimg3590親水施設である流れへの階段は誰も利用はしていないようである。降りてみると、透き通った水のなかをハヤか何かの魚が盛んに動き回っているのが見える。

 対岸には清流にしか見られない「石菖(せきしょう)」が繁茂している。

 さらに150㍍ほど上流に向かい歩くと、愛宕橋が平岡川に架っている。Cimg3591橋の向うに見える三角すいのような小山・・・。その上には八幡神社が建っている。大姶良城で生まれた島津氏第7代元久を記念して父の第6代氏久が建立した神社だ。650年ほど前の事になる。Cimg3592平岡川越しに大姶良城がよく見える。

 次第に暗くなってきた。やがてホタルが飛び始めた。Cimg360415枚くらい撮った写真でまともにホタルを写し込んだのはこの写真ともう一枚。

 ホタルが10匹ほど飛んでいるのが分かるだろうか?

 前田橋まで戻ってきたところで、欄干を越えてきたホタルをゲット!Cimg3607

それを親子連れの子供にやったところ大喜びだった。Cimg3606おばあちゃんが携帯で写していたが、無事に撮れたようだった。

 橋のたもとに近所の人が来ていたので聞いてみると、一週間前が一番すごかったそうだ。「ホタルのすだれのようじゃった」と言う。見たかったなあ、来年また来よう。

 












 


 






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ヤマボウシ(鹿屋市北田町)

 鹿屋市の中心部に5年前に開業した「リナシティかのや」は鹿屋市が出資して建設した複合商業施設であるが、3階の庭園部分に一本だけ植えられたヤマボウシが、今年は驚くほどたくさんの花を着けた。Pt350230 なぜここにヤマボウシが植えられたのか理由は分からない。高さ5mほどのヤマボウシだが、この木は普通は山間部に生える落葉広葉樹で、寒さに強いのは分かっているが、どちらかと言うと水気を好む樹木なのである。Pt350229_3 真夏のカンカン照りの時は相当乾燥するだろうに、5年もここで成長してきたのは称賛に値する。Pt350228 花数が多くて花弁が幾重にも重なっている。園芸品種では赤系統もあるようだが、おおぶりの真白い花には鷹揚な清々しさを感じる。

 3日前までで鹿屋方面への桜島の降灰がどうやら終わったようで、ようやく降灰からも花粉からも解放されたのはありがたい。






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家畜市場と場外の店舗たち(鹿屋市田崎町・川西町)

 去年はお隣りの宮崎県で発生した口蹄疫で大揺れに揺れたが、幸いにも鹿児島への感染は避けられ、ここ肝属中央家畜市場は通常通りの取引が行われた。

 同じ年に新川町から田崎町に抜ける2車線道路が完成したが、それは家畜市場のすぐ脇を通り抜けていて、日に日に交通量が増してきている。Cimg3565 左斜めに行くのが市場への道。右手にゆるく下って行くのが新道で、下り切ると肝属川を渡って笠野原台地に上がり、寿・札元へ至る。Cimg3566 反対側に目をやると、この新道と田崎から川西を経て吾平に至る県道との信号交差点が見える。向うに停まっている車の先は上田崎から下堀方面へ、交差点を右折すると田崎から市の中心部へ至り、左折すれば鹿屋工業高校を経て川西方面へ行く道である。

 新道が開通する頃、ここに商店が軒を連ねるようになった。その商業種目が何ともちぐはぐというか、いつも眺めては面白いと思いながら通っている。

 交差点に近い方から・・・Cimg3568
 左が「哀川翔グッズshop」、読んで字のごとく鹿屋市出身の俳優・哀川翔関連のグッズを売っているらしい。でも、何で家畜市場の入り口なんだ―という疑問はあるが、入る勇気はないから分からない。

 黄色い車の後ろは「稲わら・牧草」の店。これは家畜市場に無くてはならぬグッズだから、理解できる。会計は左端の小さな家屋で行っている。S商会といって農業資材を扱う総合卸会社の販売店のようだ。

 哀川翔グッズと稲わら・牧草とが、苦も無く並んでいる様は愉快である。

 さて右手には「療術院」が見える。これは指圧・マッサージを主体とする店で、家畜に施すのではなく、家畜を市場に出しに来た農家が相手であるのは言うまでもない。Cimg3569 療術院の向うの店舗棟には左から紳士服専門店。次が保険会社の代理店。Cimg3570 保険代理店の奥には4つも看板が掛かっていてよく分からない。小さく「社会保険労務士」などという字が見えるが、あれは宣伝だけの看板だろう。

 ともかく家畜市場にやって来た人々を対象にした商売には違いあるまい。全国でも有数の黒毛和牛の産地鹿屋ならではののどかな、だが、たくましい商魂が見える光景である。

 さっきの信号を左折して川西方面に上がると、500㍍ほどで県立鹿屋工業高校の門の前だ。Cimg3572 Cimg3571 広い正門を入った突き当りが本部棟で、去年から引き続き改築が行われまだ完成していない。今は中間テストの期間中ということで生徒の姿はもうどこにも無かった。














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かのやばら園2012春祭り(2)

 5月4日に出かけた時はまだ2~3分咲きだった薔薇が、今日行って見ると6、7分になっていた。見応えは十分だ。Cimg3541
 それにしても客の数は半端ではない。駐車場も芝生広場までびっしり埋まっていたが、入り口付近も人を掻き分けて歩くくらいの混雑であった。Cimg3542 Cimg3556 つるバラのアーチも来園者を歓迎するかのように色とりどりだ。Cimg3561 大輪のヨーロッパ系の改良種が圧巻である。Cimg3559 9日前に来た時はほとんど何も咲いていなかったイングリッシュ・ローズ園が1分咲きになっていた。ようやく花をほころばせ始めたようだ。改良種の大輪と違ってバラ本来のおっとりした色と形だ。Cimg3544 折しも野外ステージでは沖縄の太鼓踊りである「エイサー」が演じられていた。Cimg3546 沖縄の太鼓踊りは鹿児島のが「戦意高揚・士気を高める」という由緒なのに比べると、こちらは事の始まりは宗教的なものらしい。「弥勒世(絶対的平穏)をこの世に迎える」というようなコンセプトで、本土では「法華の太鼓」(念仏踊り)に該当するようである。Cimg3553 演奏しているのは「鹿屋エイサークラブ」といい、わずか9名の小さな同好会だが、ばら祭りでは春と秋に演奏し、そのほか学校やいろいろな所で太鼓踊りを演奏しているという。

 会員を募集中だそうだが、痩せたいと思う者にはいいかもしれない。それほど激しい踊りである。Cimg3564 かのやばら祭りは6月3日の日曜日まで続く。




















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神川大滝(かみかわおおたき=錦江町神川)

 十数年ぶりに神川大滝を訪れた。

 錦江町(旧大根占町)に所用があり、大根占の中心部から大根占運動公園を経由して宿利原(やどりばる)まで行き、そこから神川方面へ下りきると左手に神川大滝がある。

 以前と比べて違ったのは滝の手前に「茶屋」(食堂とそうめん流し)が設けられたことだ。Pt350227_3 神川に架かる「ふれあい橋」から望む「神川茶屋」(白壁と屋根が見えている)。Pt350225 神川茶屋から100㍍も行くと水量豊かな大滝が迫る。

 高さ35m、幅20mの、神川では最大の滝が水しぶきをあげ、マイナスイオンを撒き散らしながら轟々と落ちてくる。Pt350221 神川大滝公園からは螺旋階段などを登り、15分ほどで川の上空70㍍にに架かる人道橋(吊り橋)に登ることができる。

 130㍍の長さの橋の上からはまた違った大滝を眺めることができる。Pt350222 数万年前に噴出した阿多カルデラからの溶結凝灰岩を削り続け、神川海岸からここまで後退してきた大滝だが、滝の上はなだらかな凝灰岩の台地になっているのが見て取れる。

 滝壺のほど良い丸さが流れ落ちる滝の荒々しさと絶妙のハーモニーを醸し出している。自然の造形の妙がここにある。

















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揖宿神社の由緒(指宿市東方)

 指宿市の二月田駅から南西に10分ほど歩いたところに揖宿神社はある。歩いて行くと長い馬場の奥にこんもりとした社叢林が見える。033 風格ある花崗岩の鳥居の向うに社殿があり、勅使殿も備えた歴史を感じさせる神社である。

 宮司の幸野氏によると社叢林は市の天然記念物になっているそうで、樹齢7、800年の楠が8本も群生している様子はそうざらにあるものではない。

 幸野宮司に社伝のようなものがあるかどうか確かめたところ、手元にはないがホームページに一通り載せてあるので見て下さい――と言われた。

 なるほど揖宿神社ホームページには、社伝を写したと思われる記述がある。

 それによるとこの神社の由緒は簡単に言えば

「天智天皇が頴娃に帰ってしまった妃の大宮姫を訪ねてやって来た(白鳳2=672年)が、そのまま居着いて33年後の慶雲3年(706)2月10日、79歳を以て崩御したので、この地に神霊と遺品を祀り、天智天皇の幼名である葛城皇子に因んで社を建て葛城宮と称した」

 というもので、開聞岳の大噴火があった貞観16年(874)に枚聞神社が壊滅したので祭神(オオヒルメムチ)をこの宮に遷すまでは「葛城宮」だけが祭られていたようである。

 その葛城宮は今は本殿の後ろに他の八神と並んである。なぜか「西ノ宮」という社殿になっている。032 天智天皇の墓もあると言われ、やはり裏手の舞殿横を見るとそれらしき石があった。031 おなじような石組は枚聞神社にもあるという。となるとどっちが本物かが問われるが、何かが埋められていることは間違いないと思われる。

 いずれにしても、天智天皇伝説は単なる付会ではなさそうだ。天智その人かあるいは関係者かはゆっくり調べて行きたいと思う。







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開聞岳に登る

 5月3日、指宿に所用があり、せっかく行くのなら久し振りに開聞岳に登ってみようということで、朝の7時に家を出て垂水フェリー経由で開聞岳へ向かった。天気は上々だった。

 鴨池港から南下し、指宿市の今和泉(篤姫の今和泉家の所領があったことで有名になった)を過ぎてすぐの岩本交差点(T字路)を右折すると池田湖を通って開聞へ抜ける道路に入る。001 池田湖も同じくらい久し振りで、以前来たのが湖畔の「池富士」というホテルで催された米寿祝いだったから、かれこれ20年になる。

 おなじみのモーターボート乗り場と世界一の大うなぎの看板。淡水生のウナギで池田湖カルデラができた4500年くらい前からの生息ということは分かっているが、回遊せずに居着いているので天敵もなくぬくぬくと育ったのだろう。

 肝心の開聞岳は笠雲に覆われていた。003 薩摩国一宮の座を薩摩川内市の新田八幡宮と競った枚聞(ひらきき)神社。ここの所蔵で重要文化財の蒔絵の美しい「玉手箱」は、現代によみがえり、JRが「いぶたま(指宿行きの玉手箱列車)」として使っているが、結構人気があるらしい。005 神社からまっすぐに指宿と枕崎を結ぶ国道とJR枕崎線を突っ切って行くと、左に開聞中学校を見ながら道はかいもんふれあい公園に至る。そこの芝生の駐車場に車を停め、200㍍ほど桜並木を上がって行くといよいよ登山口だ。10時20分、登山開始。007 登山口から5分もしないうちに出喰わすのが火山礫の積もった中にできた登山道だ。今から1150年ほど前の貞観年間にさっき通ってきた枚聞神社を壊滅させた噴火の名残りで、黒っぽく粗々しく積もっている。火山地質の標本である。009 五合目の標識のある休憩地点まで、比較的丈の高い自然林(シイやアカマツなど)に覆われていて視界は全くないが、ここではちょっぴり展望が得られる。008_2 東方面だけだが、眼下には長崎鼻、向うに竹山、さらに海の向こうには大隅半島南部の山々が望まれた。014 五合目から道は再び樹林の中に入るので、七合目の休憩地点まで展望はない。ここは五合目より視界が開け、ずうっと南方まで見渡せる。 ・・・と、海の彼方に雲海のような塊があるなと目を凝らすと、何と屋久島ではないか!屋久島が海とも空ともつかない場所に蜃気楼のように浮いて見える。ラッキーだった。016 九合目を過ぎ、最後の難所らしく長い梯子のかかる岩場に差しかかった。

 この親子、子供はまだ小学校に入ったばかり位だろうか、父親のあとをそろりそろりと降りてくる。下で待っていると、余りにも時間がかかるのを気にしたのか「・・・すみませんね、遅くて」と言う。

 「いやいや、危ないからゆっくりと降りて下さい。こっちはほれこの通り、靴底が剥がれて歩き疲れているんで、よい休憩になりますよ・・・」と、八合目からの岩場の連続を登って来るときに岩に引っ掛けてぱっくりと先っちょの開いてしまった靴を見せた。023 「あ、それなら紐を持って来ているので、使ってください」と降りて来るなり父親はバックのポケットから丈夫な紐を二本くれたのである。アリガタや。何と用意のいい人なんだ。お礼を言って遠慮なく貰うことにした。応急処置後のボロ靴。024 その後足取りが楽になったこと、言うまでもない。助かった!018 山頂直下にある「御嶽神社」を参拝して、頂上(924m)に上がってみると大混雑だった。見渡しただけでも100人は居るだろう。今回で3回目の開聞岳だがこんなのは見たことがない。それにしても女性と家族連れの多いのには驚く。12時20分到着。ジャスト2時間の登りだった。020 笠雲の中とはいえ、かなりの風が吹いているので、時折り雲が吹き払われて視界が開けることがある。その時がシャッターチャンスで、皆「あー、きれい」とかなんとか一斉に言いながら、カメラを必死に向ける。たしかに池田湖がきれいに丸ごと見えるし、その向こうには桜島や高隈山の稜線が―。022 山頂付近の岩という岩にはみな人が乗っかっているのだから、すごい。山猿も驚く光景だろう。もっとも、この岩が1150年前にこの山が噴き出した溶岩の塊(トロイデ)だと知ったら、山ガールはもっと驚くに違いないが。029 下りは全く同じ道を引き返すのだが、登山客の多いこと多いこと。途中何度も道を開けて「こんにちは、お先にどうぞ」の繰り返しで、ようやく登山客が来なくなったなと思った頃、最初の登山口に帰着。14時30分だった。山頂ではほんの15分もいなかったので、下りも2時間かかったことになる。

 駐車場で喉を潤したあと、第2の目的地「ヘルシーランド」の露天風呂へ。開聞岳山麓から国道を指宿方面に取り、15分くらいで長崎鼻への道を右折、300㍍先を左折して5分、都合20分ほどで露天風呂の入り口だ。ここでも「たまて箱」が温泉名に使われていた。

 入湯料500円也で、広々とした露天風呂に浸かり、竹山と海を眺めながら登山疲れを癒す。温泉効能掲示板に、泉源は100℃、塩化物温泉と書いてあった。




































 

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