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かりゆしバンド公演(肝属郡錦江町田代)

 6月17日(日)、与論島の「かりゆしバンド」の公演が田代で行われたので見に行った。

 旧田代町と与論町は昭和44年に姉妹町の盟約を交わしている。以後、一年おきくらいに交互に訪ねて行っては親睦を重ねている。

 なぜ大隅半島の山中の田代町と鹿児島県でも最も沖縄に近いサンゴの島与論が姉妹町となったか。

 簡単に言うと、戦前(昭和19年)に、国策で与論島から満州の一角「盤山県」に移住した数百人の人々が一年余り後の終戦で着の身着のまま逃げて帰り、鹿児島県の引揚者に対する入植地の斡旋でこの田代町大原の山奥に安住の地を得たのであった。56戸、二百数十人だったという。

 この人たちが茶業を中心に大原で生活を成り立たせたのちの23年後の昭和44年、故郷・与論島とのつながりを再確認し、その結果、姉妹町盟約が結ばれることになったのである。

 今回「かりゆしバンド」が6月の初めから九州各地で与論島とのゆかりのある町々を回り、最後から二番目に来たのがこの田代町であった。Cimg3640 開演の18時より20分前の会場の体育館。
 200人くらいの席に8割方の観客が入っていた。Cimg3642 18時10分、いよいよ公演が始まった。

 かりゆしバンドは今から18年前に結成された与論島の土着バンドである。今回のように5人がバンドのメンバーで友人に聞くと「真ん中の二人が創立当時からの中心メンバーで、後ろのドラム担当は結構古いメンバーだが、左右のギターとフルートは新しいメンバーだそうだ。Cimg3648 何曲目だったか、ハイテンポの曲がかかるとあちこちから踊り子が現れた。Cimg3649 20時近くなって最後から2曲目の曲は、あの旅番組「うるるん」何とかのエンディングソングに採用されて一躍全国に知れ渡るようになった「たましいの島」であった。

 さすがに聴きごたえのある曲だった。自分としては何曲目だったか忘れたが「よろん小唄」が良かったと思う。「よろん小唄」は沖縄ではきわめてポピュラーな曲「十九の春」の元唄で、花街の女の悲恋を歌ったものであるという。Cimg3650 フィナーレはやはりテンポの速い曲で、会場から踊り手が続々と現れ、にぎやかこの上ない最後となって終わった。

 会場で、先週訪ねた有馬さんの奥さんと孫の女の子と久しぶりの旧交を温めることができたのはうれしかった。















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コメント

かりゆしバンドが来たんですね、知らなかったわ…
私は与論でエイサーと出会いました。(夫との出会いも。笑)
与論の生活が私の一部を作った、と言っても過言ではありません。懐かしく、大切な想い出の島です。
居酒屋「かりゆし」で踊ったのも楽しかったなぁ(*^^*)

投稿: 鹿屋エイサー倶楽部-ハナマル姫 | 2012年6月22日 (金) 22時28分

返事が遅れました。
 この企画は田代盤山在住で与論出身者の親を持つI氏(現在、町議会議員)の奔走で実現したもの。
 かりゆしバンドは7,8年前に桜の時期に開催される「花瀬まつり」にもやって来ているので、これで2回目の公演ということだそうです。
 今年2月にはI氏が団長で2泊3日の与論訪問団が行っていますよ。
 今後、なるべくI氏の情報を載せるようにするので、楽しみにね!

投稿: kamodoku | 2012年6月26日 (火) 21時12分

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