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海の日(鹿屋市浜田海水浴場)

 7月第3日曜日の次の日が「海の日」になって久しい。連休を多くとれるように日曜日の次の日に祝日が設定されたのはいいが、肝心の祝日の存在意義が薄くなってきた。

 「海の日」は関係者以外の国民にとってはどうでもいい祝日だが、これが「敬老の日」や「成人の日」となると、我々のように青年時代から成人の日は「1月15日」、敬老の日は「9月15日」で馴染んできた者からすると腹立たしい。

 だが、とにかく海水浴場はどこもオープンしている。この三連休では、昨日の日曜日は「おおすみ歴史講座」で外出したが、庭の草取りだけで終わりそうなので、海水浴に行くことにした。

 といっても今日は33℃のカンカン照りで、日中はとてもじゃないが外に出るには厳しい。そこで夕方になってから行くことにした。大相撲名古屋場所の横綱白鳳が勝った瞬間まで観戦し、すぐに家を出て浜田海水浴場へ向かった。Cimg3697 浜田小学校の側から望む浜田海水浴場。

 赤い東屋はキャンプに来た若者がよくバーベキューなどをする場所。その手前に駐車場がある。去年から駐車場は無料で開放されている。

 手前の田んぼ、実はかなり昔は入り江だった所。海水浴場の小高い松林は砂嘴(さし)で、そこが自然の防波堤となり、田んぼのあるこの入り江は絶好の船溜まりだった。この浜田湊からは弥生時代中期の須玖式土器が見つかっているので、海を通じて北九州との交易があったらしいことが分かっている。

 浜田湊から20キロ北にある垂水市の縄文時代後期中頃(3500年前)の柊原(くぬぎばる)貝塚からは、北九州でも佐賀県伊万里市にある「腰岳」に産出する黒曜石がかなり出土しているので、それより1000年以上も新しい弥生時代中期(2000~2200年前)の遺跡に、北九州とのつながりを示す遺物が見つかって何ら違和感はない。我々が思う以上に海を介したつながりは深くかつ強いのである。Cimg3699 浜田海水浴場のある海岸はまだ松林がかなり残っている。手前に見える白い花は浜木綿(はまゆう)で浜田から高須にかけての海岸端にはよく見られる。Cimg3703 「海の日」と言えどももう6時を回っている。海岸には二家族とどちらかを見守るおばあさんらしき人がひとり。

 梅雨明けを思わせる澄んだ空気の中、秀麗な開聞岳が遠くに望まれる。Cimg3707 30分ほどぷかぷかと波に揺られているうちに太陽がだいぶ西に傾いてきた。Cimg3706 もう一家族を残すだけになった。Cimg3710 さらに15分ほどした7時ころ、太陽は薩摩半島の地平線に沈み始める。Cimg3713 さようなら太陽。Cimg3715 最後までいた若い家族も、砂浜に上がり、子供とともに夕日を眺めていた。感動を胸に刻んだかな・・・。














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