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トルーマン大統領の孫が広島原爆式典に参列

 1945年8月6日と9日の2回、終戦に向かいつつあった日本に原爆投下の決定を下したアメリカのトルーマン大統領の孫ダニエル・トルーマンが来日し、広島原爆式典に参列した。

 去年終戦後初めてアメリカ代表が参列してから風向きが変わった。一昨年のオバマ大統領の核廃絶(プラハ)宣言の流れの一環だろう。大統領の宣言とは凄いものである。無かったら金輪際来なかったに違いない。Cimg3793 トルーマンは前任者のルーズベルトが4月に急死したあとをうけて副大統領から昇進したのだが、2月のルーズベルト大統領時代のソ連との密約(ヤルタ協定=日本との平和条約を破棄せよ)、自分の時代のポツダム宣言(7月26日)により、ソ連への対日戦争参加要請が現実のものとなった。

 しかしポツダム会談の直前にマンハッタン計画による原爆が完成し、

 「この原爆なら日本の息の根を止めることができる。そうだったら、ソ連の対日参戦を待つまでもなく日本を降伏させられる。ソ連の日本侵攻を最小限度に止めることができる」

 との思惑のもと、大急ぎで原爆投下を指示したのである。

 たしかにソ連の侵攻は歯舞色丹までの最小限度に抑えられた。しかし侵略は侵略だ。ロシアは出て行け!

 アメリカがロシアに対して北方4島からソ連が出て行くべきだと言わないのは、ヤルタ協定とポツダム会談両方の縛りがあるからだ。Cimg3795 今頃しおらしいことを言われてもなあ・・・。Cimg3800 今日(8月7日)は9日の長崎原爆式典に先んじて長崎に入り、被爆者と話をしたようだ。

 被爆者の中川さんは非常なる憤りを、率直に表現している。

 すでに日本全土はアメリカの大都市への度重なる空襲で疲弊しきっており、敗戦も時間の問題であったのに、ソ連への言質に囚われた挙句、自分の都合のいい戦勝へ持って行くために原爆を投下したのだ。

 ――ソ連よ、俺の力を知っただろう、どんなもんだ。

 アメリカ人の認識では「原爆投下は終戦を早め、我が国軍人の犠牲を最小限度に抑えた」のだそうだが、どっこいそこにはアメリカーソ連の大国間の駆け引きがあったのだ。

 どっちにしても「殺りく兵器」の民間人への使用は戦時国際法に違反している。たとえ戦勝国にしてもだ。こんなことは十分に知っているはずのアメリカが(トルーマンが)投下のゴーサインを出したのは、欧米大国のエゴに過ぎない。

 「そういう結果を招いたのは日本が戦争なんかするからだ!」とはよく耳にする言葉だが、それは戦前の欧米諸国の世界戦略を知らない人の言葉である。現に日本で6年間にわたり支配したGHQ最高司令官マッカーサーもアメリカに帰ったあと、米国議会の委員会で「どこの国でも日本のような立場に置かれたら、やむを得ず戦うだろう」、つまり<太平洋戦争=日本の自衛戦争>との見解を表明しているではないか。Cimg3803 日本に対してだけ言ってもしょうがないんだが・・・。

 とりあえず、オバマ大統領には感謝しておこう。






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