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大阪維新の会が政党届を提出

 7時のNHKニュースで大阪維新の会が、いよいよ結党を正式に届け出たとあった。

 9月12日に結党宣言パーティーを開催しているので、正式にはいつなのかが期待されていたがそれが今日になった。

 ニュースの中で橋下代表が「東京一極集中を排除する方向へ持って行くのが役割だ」というようなことを述べていたが、大賛成である。

 そもそも薩長土肥同盟が、東京の前身である江戸を日本支配の中心としていた江戸幕府を打倒し、その260年余の幕府支配の根城を制圧するがために江戸を首都とし、あまつさえ京都御所が本宅であるべき天皇を東京に臨幸させて江戸城に入城し、名実ともに古き幕藩政治を支配下に置く象徴としたのであった。

 これは実に太平洋戦争で敗れた日本の首都東京に、GHQが置かれたのにそっくりである。(時系列から言うとGHQこそが薩長連合政府(明治政府)のやり方を真似たとすべきだろうが・・・。)

 その後どんどん、いわゆる文明開化(欧米かっ!)が推し進められ、それに伴って東京への一極集中化が押し進められた。

 これは明治以降の世界的な帝国主義的植民地支配の流れにあっては致し方ないことだったかもしれない。なにしろ国内で旧体制(幕藩体制)との確執が延々と続いていたら、欧米列強の植民地支配の餌食になっていたに違いないのである。

 

 しかし第二次大戦後は帝国主義も植民地主義も音を立てて崩れて行った。

 中国共産党や○○共産党はいまだに帝国主義的な振る舞いをするので困った存在だが、植民地主義については日本が非欧米国家では唯一欧米と肩を並べて世界に雄飛したがため(戦前の国際連盟では理事国であった)、太平洋戦争を戦うことによって欧米の世界分割闘争に一矢を報い、戦争には敗れたもののアジア・アフリカの植民地は次々に独立を勝ち取ったのである。

 アウンサウン・スーチーのミャンマー(ビルマ)は、父親のアウンサウン・マウン将軍が日本の太平洋戦争での敗色が濃厚になると、それまでの日本の援助による独立路線を捨てて旧領主国のイギリスに寝返ったために、戦後早い時期に一応は独立を果たしたもののイギリス植民地支配の旧体制との決別に失敗し、つい昨年まで国内の混乱が続く羽目になったのである。

 早くに日本の資金援助でも受けていれば、いまごろミャンマーは素晴らしい民主共和国になっていたであろうに残念なことであった。スーチーは未だに日本への協力を仰ぐのをためらっているようである。一度寝返った父親の子ということで、それはそれで筋が通っていると言えるが・・・。

 

 閑話休題。

 橋下氏の「東京一極支配の打破」をうたった政党の立ち上げというニュースからずいぶん飛躍してしまったが、この構想についてはもろ手を挙げて賛成である。

 たった400年の歴史しか持たない江戸ー東京がすべてではない。平安京は首都として江戸以前の800年の歴史があり、天皇の宮殿(御所)が築かれて鎮座ましました期間は1100年近い(794年~1869年)。こんなに長いこと一国の首長が連綿と世襲し、居住し続けた首都はおそらく世界中に無いだろう。

 したがって天皇家はもとの京都御所に戻られるのが一番である。警備かれこれは問題になろうが、最先端技術で十分にカバーできるはずだ。

 

 そのとき大阪も第二の首都として大きな役割を担うだろう。まずは東京直下型地震への危機管理対策として首都機能の30パーセントくらいは早目に移すことだ。これは日本国内だけの問題ではなく今や国際的な喫緊の課題でもある。日本が沈没して困るのは日本だけではないことに早く気付くべきなのである。

 

 

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